第14話 出会い 前編

 月がひとつだけ進んだ二月の水曜日、この日も僕は独りで西武新宿線にある航空公園駅で下車した。


空の色は冬そのものだったし、なにより北風が冷たかったのを覚えている。駅前に展示してある、むき出しのYS11の金色に光るボディーが冷たさを助長させていたし、それ以上に駅前ロータリーを取り囲んでいる花壇の土色が真冬であることを教えてくれていた。

 この日、僕は白杖の使い方の最後のレッスンともテストとも違う日常化していたものへの終止符を打ちにいったはずだった。


 「村尾くん、今日は会わせたい人がいるんだ。リハビリは白杖を使って僕のうしろを付いて来てくれるだけでいいよ」


 リハビリ担当の先生の言葉に僕は「先生、呼吸の空間認識機能にトライしているんです。今の上達だけでも見ていただけませんか」と頼んだ。


 「いいよ、そこの隅っこの壁から右にある出口まで向かってやってみて」


 左右両方に壁があれば進むべき方向は自分が吐いた息の跳ね返り具合で容易にわかる。でも今は左側だけしか壁はない。こういう場合には息を複数回に分けて壁にぶつける。角度や上下感覚、そして第六感的な思考回路をおもいっきり発揮させる、さらに本当に正しいか、もう一度確認を怠らずに脚を前進させていく。


 二歩、三歩、四歩、ここだ。吐いた息が戻ってこない。ここが右折の通路だ。


 「村尾くん、たいしたものだ、よくここまで出来たね。きっと君には生まれ持った才能があるんだよ」


そう言われたので「どんな才能ですか?」と聞き返すと「盲人になる才能かな」であった。


 「その才能、先生にあげます。ただで・・・」


 「遠慮しておく」


 リハビリの先生に言われるがまま、後ろを杖歩行で進んでいくと視聴覚教室のような部屋に案内された。入り口のドアには横に長い小窓があって、中の様子が覗える。エレキギターとベースギター、それにドラムを叩いている、おそらく僕とそれほど年齢が違わない三人が見て取れた。

室外に音は漏れていなかったのでデタラメに音を鳴らしているのだろうと思っていたが、先生がドアを開けた途端、ドン・レット・ミー・ダウン〜、ドン・レット・ミー・ダウン〜と叫ぶような男の声と共に楽器がキチンと演奏されているのが聴き取れた。驚いたのはベースを担当している女性のテクニックだった。


 「上手いもんだろう、みんな村尾君と同じ病気の患者さんだよ。あのベースを弾いている女性はピアノの英才教育を受けていて、プロのピアニストになることを夢見ていたんだ。でもね、視力を完全に失ってからはベースギターに変更したんだ」


 ビートルズのドント・レット・ミー・ダウンの演奏が終わるのを待って、先生はベースギターを弾いていた女性に声を掛けて呼んだ。


 「お〜い、吉田さん、ちょっといいかなぁ」


 吉田と呼ばれた女性は長い髪を後ろに結んで、サングラスなどはせず、見えない裸眼のままこちらに顔を向けた。眼球は綺麗に澄んでいて教室の蛍光灯の光を反射させていた。その瞳は緑色にひかり、フランス人の女子大生ならこんな感じなのだろうかと思った。


 「先生ですね、お久しぶりです」と女性が応えると「このバンドにもう一人、メンバーを加える事ってできないかなぁ」と僕の意向を全く聞かずに参加希望者にさせられてしまった。


 「その人って男ですか、女ですか?」


 「男だよ、まだ高校二年生だ」


 「オッケー、女じゃあダメだけれど男性なら喜んでです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る