第2話「夢の中を歩く男」
横たわっていたリーネットが、何事もなかったように上体を起こす。
ピンク色のショートボブヘアーが、サラサラと規則正しくおりて元の髪型に戻り、ぼんやりとしていた瞳が最初のキレを取り戻していった。
リーネットの眉間から吐き出された弾丸が、コロコロと男の足元まで転がり、煙となって消える。
「やはり生き返ったか」
「生き返ったかじゃねえだろオイ。いきなり撃つとかイカれてんのか? すっげぇ痛かったぞオイコラア!!」
「銃を持ってる相手に真っ向から殺しに来たのは君だ。そう食ってかかるなよ。それに、君が今どんな身体をしているか身をもってわかったろう?」
「あぁん?」
「弾痕がもうふさがってる。出血もない。その上ピンピンしてる。蘇生魔術や回復魔術ってわけでもないのにだ。自分でもおかしいと思わないか?」
「そうだな」
「普通死ぬよ。撃たれたら」
「なんだよワケわかんねえ」
「そうだろうね。大抵の魔導士は、魔術があって初めて人間離れができるもんだ。君のは違う。魔術ですらない。魔術で再現してはならない力を有している」
「じゃあなんだよ。怪物って言いたいのか?」
「そうだよ。今の君は怪物だ。……わたしと同じね」
リーネットはポカンとしたままフリーズ、そして、
「ギャーッハッハッハッハッ!! 面白れぇこと言うな不審者ァ! アタシはともかく、テメェが怪物ゥ? どっからどう見ても時代遅れのガンマン気取りじゃねえか!」
ゲラゲラと笑った。
「じゃあこの話は聞いたことある? 眠れる人の夢の中に突然現れ、煙のように消える怪人の話」
「あん?」
「君たちの言う都市伝説────ミスター・カプノス。わたしはそう呼ばれているよ」
男ことミスター・カプノスは、胡坐をかきながらまたポカンとするリーネットを見下ろしながら、
「本来ならわたしは夢の中にしか現れない。だが、こうして現実世界に現れてしまった。わたしは元いた場所に帰りたいんだ」
自分の目的を告げる。そして銃で撃ったのは悪かったと付け加えた。
「ダーッハッハッハッハッハッ!!」
「怒ったり笑ったり忙しい奴だな」
「いやいや、ジョークにしちゃセンスあるなって思ってさ」
(コイツ……まだやる気か? わたしが早撃ちをしたように、コイツも早打ちをして一矢報いようとしているのか? どちらにしてもなにか企んでるな。仮にも撃たれたってのに、ここまでブレーキが効かないとは)
「よう、そういやその銃ってさ。古いタイプのだろ? シングルアクション?。古い映画で見たことあるよ」
「映画? あぁ、活動写真のことか」
「かつ……なに?」
「いいや、こっちの話」
「なぁ~、見せてくれよ~。銃に興味あるんだよ~」
「そう言って取り上げて一発ブチかますつもりだろう? それか注意をそらしているか」
「ンだよ。じゃあこのままやるか?」
「待てって。君は今の状況が異常だとは思わないのか?」
「思うよ。撃たれたんだもん」
「それ以上のことだ。本来なら誰もがそうするはずのことが起きてない」
「なんだぁ? なぞなぞクイズかぁ? えーっと」
周囲を目で確認する。
変わらず閑静な光景があるだけで、なにもない。
そのなにもないに段々と違和感を覚える。
「……誰も駆けつけてこない」
「正解だ。敷地面積が広いとはいえ、ここまで全然騒ぎにすらなってない。銃声が鳴ったのにだよ? おかしいよな?」
「テメェなにしやがった?」
「わたしはただ普通に銃を撃っただけだよ。だがさっきも言った通り、誰もわたしを認識できていない。わたしの声も、銃声もすべてね」
「……その中でアタシだけがアンタを認識してる」
「そ。だからいつまでも攻撃的になられると困る。話ができない」
「そっちから撃ってきたんだろうが」
「先に殺しに来たのはそっちだ。あいにくだが、わたしに人間の倫理観や善悪を過度に期待されても困る」
「奇遇だな。今のアタシもそういうの期待されても困る。弾はあと何発だ? いつまでもぶち込めるワケじゃねえだろ」
「やれやれ。初動を間違えたのと、出会う相手を間違えたらしい。ダブルミスはさすがに身に応えるな」
「オイ、本当にテメェは、誰にも見えてねえのか?」
「そう言ってるだろう。確認もしようとも言った。拒否したのは君だからな?」
「……うし、オッケー。なら確認しようや。テメェをブッ飛ばすかどうかはそのあとだ」
「感謝するよ」
食事がてら食堂へと行く。
席はほぼ満席。これにはリーネットも苦い顔。
だがカプノスの言う通り、誰も彼に目を止めていない。
なんなら通りすがりの男子生徒のお盆をひっくり返そうと、カプノスが手を振るもすり抜けてしまう。
「おお、本当だ」
「信じてくれた?」
「……ちょっと待ってろ。アンタにゃ色々聞きたい」
「どうぞ。外で待ってるよ」
食堂の空いている席に座り、フォークで副食をつつきながら出入口を睨む。
足早に食堂を出たカプノスは、壁に寄りかかるようにして外を眺めていた。
その脇を生徒たちが出入りする。
まるで古びた映画ポスターを横切るように。
(変に絵になるなアイツ。足長ぇし……)
カプノスの姿を見ながら食事を終える。
気がつけば30分経過していた。
「悪ぃ遅くなった」
「いいや別に。美味しかったかい?」
「フツー。……さ、移動するぞー」
「ちなみにだが、午後の授業は行かなくていいの?」
「行かねー。めんどい」
「そっか~」
校庭を歩きながら、話を続ける。
「単刀直入に言おう。君はなんらかの原因で怪異に魂を呑まれつつある。バネに変わる身体がその証だ」
「────へ?」
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