枯れたデイジー

ふうせん

散歩

深夜2時、淹れたばかりのホットコーヒーにウイスキーを並々注ぎ一気に飲み干す。ウイスキーの割合の方が多かったため度数は25度くらいだろうか、味はもちろん酷くて胸が熱くなる。一生懸命学んだ数学の不条理に気づいて優越感を覚える。カフェインとアルコールが脳みそを刺激して暴れ回るのを感じながら持ち前の一張羅をきて静かな夜の街に繰り出した。

昼間に降っていた雨の影響で地面は湿っており、いくつか水たまりがある。暑さはいつもより少しマシで湿気がいつもより高く、いつもより暑さを感じた。僕は雨が好きだ。雨はいつもいろんなものを洗い流してくれる。街の人とか生きている実感とかいろんなものをね。深夜2時の住宅街は誰も人がおらず、物音もしないためまるで幽霊になれたかのような錯覚を覚えた。目的地には約1時間ほどかかるため気長に好きな音楽を聴いていこうと思った。まずはstand by meだ。youtubeで適当なlive動画を探し再生する。やや大きめに設定したイヤホンに心地いい音色が流れてくる。ちょうどアルコールとカフェインを摂取しながら暴れていた小さな毒蛇が落ち着いて静かになった。

タバコに火をつけ口に咥えたまま辺りをじっくり見渡しながら歩く。幾つのもの家が永遠に続くかのように連なっており、この一つ一つにエピソードがあり、家庭があり、世界がある。そんなことを思うと爆弾でも落として全てを破壊したいと思う。


プルルルルル


スマートフォンが振動する。

「もしもし」

「おい、久しぶりだな、元気にしてたんかよ。」

「なんでずっと音信不通やってん。心配したんやぞ。」

相変わらずの関西弁で安心感を覚える。

「ごめんね、ちょっと風邪をひいててでれなかったんだよ。」

「風邪で2年も音信不通ってどういうことやねん。」

「風邪自体はずっとかかってたみたいなんだけど、どうやら最近悪化したみたいでさ。」

電話越しから何か言葉を飲み込む様子が伺える。

「そうなんか。その風邪は治りそうなんか。」

「そうだね、もう治りかけだと思うよ。」

そうか、と寂しそうに答えた。

「俺ら付き合い長いやろ?もう8年になるんかなあ。なんか困ってることとかあったら言ってこいよ。相談乗るし。とおるとかみんなお前に会いたがってたぞ。また地元戻ってこいよ。最近美味い焼き鳥屋見つけたから一緒にいこう。奢るで。」

僕はうんとかそうだねとか短い相槌を入れて友人の話を聞く。少し前の自分だったら涙が出たのだろうか。今はただ穴の空いた箱の中に水が注がれているだけだ。

「ありがとう、ちょっと元気が出たよ。」

実際に顔を少し綻ばせ、明るめの口調で言うと

「そうか、よかったわ。無理はしたらあかんで。気楽に生き。また近々飯でもいこう。休みは土日なんか?」

と声のキーを半音上げ、嬉しそうに答えた。

少し間を空け、

「ありがとうな、バイバイ。」

そう短くいって電話を切り、顔を真顔に戻す。毒蛇が甘えたいような目でこちらを見つめてくる。すぐに携帯に着信が入ったが、結婚指輪を海に投げ捨てるように遠くに放り投げた。いささか力が入りすぎたため、肩がじんわりと痛む。

「あ、音楽聞かれへんやん。」

ボソリと独り言が出た。

仕方なしに、ニーナシモンのフィールグットインクを口笛で奏でながら水溜まりを気にせず歩く。

目的地まではあと40分ほどだろうか。これまでのよかった思い出とよくなかった思い出を振り返りながら毒蛇と一緒に歩く。毒蛇は何があっても離すまいと僕の足に絡みつきながら牙をたてて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

枯れたデイジー ふうせん @90000312849

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ