第九話


 中央廊下が、近づいてくる。

 あの角を曲がって、進んでしまうと……。

 きっと『なにもない』まま、教室に着いてしまう。


「ねぇ、もう少し遠回りさせてもらってもいい?」

 わたしは海原うなはら君にそうお願いすると。

 短くうなずいた彼に感謝してから。

 角を曲がる代わりに、その手前にある階段をのぼってみた。


 これも……クリスマスプレゼントなのかな?

 ラッキーなことに、その結果わたしたちは。

 誰もいない特別教室棟の廊下を、ふたりだけで歩けている。



 ……いまなら、用意したものを渡すことができる。



「海原君。はい、これ」

「へっ?」



 ……小さくて、薄いものにしておいてよかった。



「ささやかだけど、クリスマスプレゼント」

「……あ、ありがとうございます」

「すぐ使えるから。早く開けてみて」


 飛行機柄のハンカチを、偶然見つけられてうれしかった。

 これなら『重た過ぎ』なくて。

 でも、使ってもらえそうなもの。


 そう、これはきっと。

 目立ち過ぎなくて。

 でも、身につけてもらえるもの。



「……どう、かな?」

「鉄道の柄は色々持っているんですけど、飛行機柄って滅多にないんですよね!」

 好きなのは鉄道。でも鉄道よりはバスで、バスよりも飛行機。

 結局みんな乗り物だけれど。

 趣味ってまぁ、そういうものだよね。


都木とき先輩、好きなんですか?」

「えっ、『誰を』?」

「飛行機、ですけど?」

 ナチュラルに間違えたけれど、気づかれなかった。

 わざとスルーしたとは思えないから、きっといまは気づけないくらい。


 ……喜んでもらえたのだろう。



「飛行機はまだ……乗ったことないかも」

「あれ、そうでしたっけ?」

「修学旅行、先輩は飛行機だったと思うんですけど?」


 彼がわたしの代わりに。

 同級生たちとの思い出を引っ張り出そうとしてくれるのはありがたいけれど。

 それよりいまは、ふたりだけの世界に戻って欲しい……かな。



「気に入ってもらえて、よかった」

「本当に、ありがとうございます」

 そういった海原君は、一瞬なにかを考えるような表情になって。

「あの……どこで買ったんですか?」

 遠慮がちに聞いてくる。

「そ、それはちょっと……ねぇ」

「あ……そ、そうですよね……失礼しました」


 きっと気に入ってくれて、純粋に『もっと欲しくて』聞いたのだろう。

 だからこのときわたしは。

「じゃぁ、今度一緒にいかない?」

 そんなことを軽く口にしておけばよかったと。

 あとでちょっぴり、後悔した。



「……包み紙は、回収してあげる」

「えっ?」

「だって。いかにもプレゼントですって手に持ったまま、放送室に帰る気?」

「ああ……」


 もう……こういうときだけすぐに情景を思い浮かべないでよね。

 別に、堂々と持って帰れとはいわないけれど。

 確かにそうです! ……みたいなわかりやすい顔、しないでもらえないかな!



「ちなみに。メッセージカードも、自粛しました」

「す、すいません」

 それはまぁ、わたしとしても若干の防衛本能が働いた。

 だって、万が一落としたり。

 誰かに見つかったりしたら……それこそ、一大事だもんね。


「い、いや『そっち』じゃなくて……」

「えっ?」

「お返しというか、僕はなにも用意をしてなくて……」

「あぁそっちかぁ。いいよ、別に期待していない」

「えっ……?」

「悪い意味じゃないよ、そこまで気にし過ぎることはないってこと!」



 ……もうあなたからは色々なものを、わたしはたくさん受け取った。



 それにね、『本当に』欲しいものが。

 きょう届くなんて、さすがに思ってないから。


 だから、気になんてしていない。



「昨日もきょうも会えたし。明日からもまだ会えるでしょ?」

「ま、まぁ。色々と『部活動』が、詰まっていますので……」

「こちらも、講習が詰まっていますので……だからいまは、それで十分!」


 そういいながらも、わたしは。

「ただごめんね、ちょっとだけ……」


 ……ほんの、一瞬でいいから。



 クリスマスの日に。



 ……海原うなはらすばるの体温を、感じておきたかった。




 彼が反応するより素早く、わたしが胸に顔をうずめると。

 なんだか、和菓子と洋菓子の混ざったような……甘い香りがして。


 長くはできないからと。

 わたしは静かに、顔を彼から離す。


 もしかしたら、わたしの気のせいかも知れないけれど。

 このとき、前回と違って少しだけ。



 ……彼の腕が、ぴくりと動いた気がした。



「海原君からのクリスマスプレゼント、きちんと受け取りました!」

 そういって見上げた、彼の顔は。

 やっぱり前と同じく。

 少しだけ、赤い気がして。



 ……わたしはこの瞬間が、とっても幸せだった。




「じゃ、そろそろ戻ろっか?」

「あ……はい」

「なぁに、海原君?」

「い、いえ。えっと……『大切にします』」


 えっと、それは……それは『ハンカチの話し』、ですかね?

 どうやら『わたしに対する』意見表明では、なさそうで。

 でも、確実に動揺しているその表情。

 わたしは結構……気に入っちゃった。




 三年生の廊下で、海原君に手を振ると。

 わたしたちはそれぞれの方向に進み出す。


 彼のポケットに入った、飛行機柄のハンカチが。

 わたしの代わりにいつも近くにいてくれることを願いながら。



 わたしは静かに。


 一組のうしろ扉を開けて、教室に忍び込んだ。





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