第七話


 ……入学したての春、あの並木道での『出会い』から。


 僕自身の高校生活は、まだ全体の三割しか過ぎていないのに。

 放送部のおかげで、とても『濃い』時間を過ごせている。



 ……ただ初めての『別れ』が続いて、戸惑っていると。



 僕は正直な気持ちを、言葉にした。



「……わたし、ここに残ればいいのよね?」

 三藤みふじ先輩が小さくつぶやいてから、席に着いてくれたものの。

「その代わり、サブのサブよ」

 でも、譲れないこともあるらしい。



「ね、ねぇ海原うなはらくん。わたしって、『紳士協定』的にどんな立場なの?」

 遠慮がちな声の、都木とき先輩に聞かれた僕は。

「本人だけが引退したつもりの、三年生現役部員ですけど?」

 そう答えると同時に。

 ただ先輩の担任には一応、断りを入れてきたと添えたところ。


「そっか。じゃ、遠慮はいらないね!」

 都木先輩は一気にいつもの明るい声に戻ると。

「メカチェック、右上からいきます」

 きれいな指をまっすぐに伸ばすと。

 愛おしそうに、スイッチの確認をはじめだす。



「……よし、わかった」

 春香はるか先輩は、そうつぶやくと。

「『部長』、インカムチェックして」

 そう指示を出してから、思い出したように僕たちをまとめて見ると。

「そっか。ここって『部長』ばっかり、三人もいるんだよね」

 そういって、笑顔になった。



「えっと……解説しますと。ここには都木元部長、三藤前部長、あと僕も……」

「どうでもいいからアンタ! 準備しなよ!」

 インカムの向こうから、高嶺たかねが叫んでくる。

「そうだよ、海原君はこの先も部長だから……」

 玲香れいかちゃんが、いいかけたところで。

「よ・ろ・し・く・ね・ー!」

 波野なみの先輩が、言葉を被せてくる。


「あれ、それで鶴岡つるおかさんは?」

「ウナ君、ここ!」

「あのさぁ〜、もう始めていい?」

「えっ……」

 僕が、慌てて窓からステージのほうを確認すると。

 本日の司会・藤峰ふじみね先生が、演台のうしろにしゃがみこんで。

 鶴岡さんとふたりで、僕たちの会話を『盗聴』している。



「つぼみ先生と理事長が、海原君が『覚醒』したって喜んでてね〜」

「えっ?」

 もうひとりの司会・高尾たかお先生はどこにいるんだ?

「校長とふたりで、インカム振っているわよ」

「えっ……」

 確かに司会台のそばにいるけれど……もうひとりは?


「インカムで聞いてみろといわれたが。その甲斐があったなぁ」

 げっ……!

 理事長の鶴岡つるおか宗次郎そうじろうが、機器室にっ?

「おぉ、『紳士協定』に反するかの?」

「い、いえ。お立場的には……」


「いいや、ここはな……」

 理事長は、そこでいったん言葉をとめてから。

「放送部のもんじゃよ」 

 そういって、笑顔になって。

「次は隅っこの座席で。寺上てらうえ先生の話しでも聞いてみるかのー」

 軽く右手を挙げて、消えていった。



 藤峰先生が、ステージ中央でなぜか拡声器をふたつも持って。

「はい、お偉い先生たちが講堂に入りますよ。終業式モードに変身!」

 会場の生徒たちに、号令をかけている。



「……ウナ君、えっと。『先生たちの』都合で、三分遅れでスタートお願いします」

 鶴岡さんが、スケジュールの更新を告げると。

「どこかの誰かさんの、話しが長かったなんて、い・わ・な・い・よ・ー!」

 な、波野先輩……?

「『すばる君の都合』じゃないってことに、してもらえたねっ!」

 玲香れいかちゃんが、ニコリとしてから。

 ステージ脇で、合図をくれる。

 あぁ、思いっきり迷惑をかけてしまった……。



「そんなの、いつも迷惑かけられてばっかりだから気にしないの!」

「えっ?」

 振り向くと、春香先輩が。

 余裕たっぷりに、親指を立てている。


「そうね、たまにはいいわよ。海原くん……」

 三藤先輩が、僕を見守るような目をしながらそういうと。

「散々振り回されているから、海原君はそれでいい!」

 都木先輩が、背中を向けていてもわかる明るい声で。

「だからこのあとは……まかせといて」

 準備は完璧だと、教えてくれる。




  ……あぁ、やっぱりこの部活は最高だ。




 そう思った僕が、はじめましょうと心で答えて。



 カチ、カチ、カチ……。

 みんなの心がそろった三カウントを、数え終えたその瞬間。



 この上なく、完璧な音量で。

 司会の先生たちの声が講堂の中に。


 ……やわらかく、包み込むように広がっていった。






 ……美也みやちゃんと、月子つきこ。そして海原昴の視線を感じながら。


 終業式はなんの機器トラブルもなく、無事に終わった。


陽子ようこ、お疲れ」

 引退した『はず』の美也ちゃんが、真っ先にわたしに握手を求めてくる。


「海原くんがいったでしょ。陽子と違って美也ちゃんは、『まだ』部員のままよ」

 当然のごとく、わたしの心の中を読んだのだろう。

 相変わらずひとこともふたことも多い月子が、サラリというと。

 珍しくわたしたちの手の上に、そっと両手をのせてくる。



「……陽子、いままでありがとう」

 藤色の瞳が、まっすぐにわたしを見つめてきて。

「そうだね……ありがとう」

 笑顔の美也ちゃんと、もう一度目があって。


 そこでわたしは、はじめて自分の両目から。



 ……涙があふれていたことに、気がついた。






 ……同じ頃、舞台袖で。


 わたしは由衣ゆいがグイグイ当ててくるハンカチを、涙で濡らしていた。



夏緑なつみ、お疲れ」

「あとは、まかせと・い・て!」

 玲香ちゃんと姫妃ききちゃんは、由衣にわたしを預けると。

 ふたりでせっせと、ステージの片付けをしてくれている。


 由衣の押す力のせいで、目がちょっと痛いけれど。

 時折聞こえる鼻をすするような音が。

 泣いているのは、わたしだけじゃないと教えてくれる。



 放送部で……いや、そもそもこの学校で。

 自分の気持ちがこんなにも揺さぶられるとは、思ってもいなかった。


 一気に近づいたみんなから、離れる選択をした。

 そんな自分の判断を……少し疑ったこともあったけれど。

 わたしのすぐ隣で、色々と踏ん張っている由衣の存在を感じて。


 ……やはりこの決断は間違っていなかったと、わたしは思った。





 それから四人で、講堂の機器室への階段をのぼっていく。

 中のようすがわからないので。

 できるだけ静かにいった……はずなのに。

 それでも、あの『彼』にはわかってしまうのだろう。


 完璧なタイミング、扉が開く。

 きっと『お帰りなさい』と迎えてくれるのは、ウナ君で。

 わたしは頑張って、『ただいま』と笑顔で返事をする。


 そこまで、ちゃんと頭の中でシミュレーションしていたはずなのに……。

 ウナ君の姿を見て、わたしは。



 ……思わずその場で、固まってしまった。





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