第六話


 ……終業式の、朝。


 バスを降り、校門から校舎へと続く並木道に入ったところで。

都木とき先輩。おはようございます」

 海原うなはら君が、待っていましたとばかりに。わたしに声をかけてきてくれた。


「えっ、寒くないの?」

 おはようとあいさつを返すより先に。

 外で立っていたことのほうが、心配で。

「冬なのに、風邪ひくよ?」

 そういってわたしは思わず。

 自分が巻いていたマフラーに、手をかける。



「お、海原じゃないか。おはよう!」

「せ、先輩……おはようございます」

 隣のクラスの男子の声に、驚いて。


 マフラーをゆるめかけていた、わたしの手がとまる。

 あ、危なかった……。

 みんながゾロゾロ歩いているところなのに、わたしったら……。



「あの……マフラー、どうかしましたか?」

「う、ううん。ちょっと髪の毛に……絡みそうだったから……」

 海原君が寒くないかと、思わず渡そうとしたなんて。

 とてもじゃないけど、口にはできない。


 いや、それどころか。

 こんな目立つ場所で、そんなことをしてしまったら……。


「……大丈夫そうですけど?」

 海原君。わざわざ、うしろを確認してくれてありがとう。

 一瞬赤くなった自分の顔を、もどす時間をもらえて。

「おはよう。ところで、朝からどうしたの?」

 おかげで海原君に、質問する余裕ができた。




「……了解しました、ありがとう」

 玄関に入る前、笑顔でわたしはそう伝えると。

 手早く靴を履き替えて、やや早足で教室に向かいはじめる。


 ところが、玄関ホールのクリスマスツリーをとおり過ぎようとしたところで。

美也みや、朝から熱いねぇ〜」

 同じクラスの子に、いきなり呼びとめられた。


「えっ? なんのこと?」

「またまたぁ〜。お迎えまでしてもらって、並んで歩いてたくせにぃ〜」

「ち、違うよ! 用事頼まれていただけ」


 その子は、わざわざわたしの顔を下からのぞき込むようにしてから。

「用事の割には、うきうきした顔じゃない?」

 遠慮なくわたしに聞いてくる。

「そ、そんなことないよ! これはえっと……」


「年下の『彼氏』のため?」

「ち、違うよ。『後輩』のため!」

「ふ〜ん。いいの? 『ただの後輩』扱いして?」

「『放送部の、後輩のため』だもん!」

 わたしは、嘘はいっていない。

 放送部の用事だから、それはほかにもいる後輩のためだし……。


「はいはい。しかたないから……幸せそうな顔の美也を拝めたことにしてあげよう」

「もう、なんでもいいから急いで教室いくよ!」

「わかったわかった。『後輩の彼氏』、待たせたくないんだよねぇ〜」

「ちょ、ちょっと。声が大きいっ!」


 お願いだから、こ、こんな大勢の前で。

 大胆なこといわないで!



 突然のことに、慌てていたわたしは。

 クリスマスツリーの、ちょうど裏側で。

 わたしへの『いいがかり』を聞いていた子がいたなんて。

 このときはちっとも……気づいていなかった。


 いやそれどころか。

 その子が、願いごとを記した短冊をカバンにしまい直したことも。

 彼女が……あんなに負けず嫌いだったなんて。

 このときの、わたしは。


 ……まったく、知らなかった。






 ……終業式に向かう生徒たちが、続々と入場する講堂の入り口で。


 わたしは海原君にお願いされたとおりに。

 きっちりふたりを、捕まえる。


姫妃きき、どうしたの?」

「姫妃ちゃん、なんですか?」

 わたしは、陽子ようこ夏緑なつみ。それぞれの子と、一緒に歩いていた女子たちに。

「このふたり、借りてく・ね!」

 そう告げると。

 ふたりの手を引っ張って、ズンズン奥へと進んでいく。


「夏緑は、わたしと一緒おいで」

 途中で、玲香れいかにひとりを託して。

「えっ、どうして……?」

 半分悟った顔の、もうひとりを海原君に渡すと。


「じゃ、またね!」

 わたしを待っていた由衣ゆいから、インカムを受け取って。

 小走りに自分の持ち場へと、移動する。


 イヤホンを当てると、わたしの姿は見えないはずなのに。

 月子つきこが完璧なタイミングで。

 わたしに、短くありがとうと伝えてくる。


「どういたしま……」

 わたしの返事は、陽子の声でかき消させる。

「えっ、わたしがやるの?」

 でもそのあとは……。

 海原君の声が、みんなの耳に。


 ……やさしく、届きはじめた。






「……春香はるか先輩たちの、移籍祝いですよ」

 講堂の機器室への階段を、わたしの歩幅に合わせてのぼりながら。

 彼がわたしに、ゆっくりと話しだす。

「そ、そうなんだ……」

「はい、なので春香先輩。よろしくお願いします」


「あと……鶴岡つるおかさんも、聞こえてる?」

 海原君はそういうと、続けてインカムのマイクを使って。

 まだ放送機器の練習も終わっていなかったけれど。

 せっかくだから、玲香ちゃんとステージの脇で。

「放送部が、一応仕事しているところとか……見ておいてもらえないかな?」

 そういって、夏緑の返事を待っている。



「……えっとね、すばるくん?」

「あれ、玲香ちゃん。もしかして鶴岡さんに聞こえてなかった?」

「その逆でね……」

 伝わりすぎて、泣いちゃったと。

 玲香が静かな声で、答えている。


「ちょっと! わたしいくから、アンタはさっさと準備しなよ!」

 由衣の声が聞こえて、それからパタパタと走る足音がしたかと思うと。

 ブチッという音がする。


 どうやら由衣は、スイッチを切ったようだ。

 ただ、その前に少し。

「泣かすなよ、バカっ!」

 小さいけれど少し泣き声みたいな。

 由衣の声が……聞こえた気がした。




 ……機器室の扉を開けると、そこには。当然のように月子がいて。

 隣には……えっ? 美也ちゃんも?


「陽子がサブ、美也ちゃんがメイン」

 わたしが声をあげるより先に。

 月子は、そういって立ちあがると。

「由衣のポジション、代わりにいってくるわ」

 すぐに、部屋を出ようとする。


「え、え? ちょっと!」

「あ、いえいえ。僕がいきますよ」

「海原くん……」

 すると、あの子は。少しだけ無言で、彼を見つめてから。


「ちゃんと自分で陽子に、説明しなさい」

 いままでのように、凛とした声で伝えたのだけれど。

 珍しいことに、今度は『あの彼』が。

「伝えますけど……三藤先輩も部屋から出ないでください」


 ……なんと月子に向かって、『自己主張』した。




「一応、『紳士協定』のようなもので……」

 海原君によれば、学校と放送部との決まりごとで。

 部員以外は、放送機器には触れない。

 特に、学校行事に関してはその扱いを厳重にする。


 ……そんな約束事があるらしい。


「そんなのわたし、気にしたことなかった」

「それはほら、『機器部』だったから気にしてなかっただけですよ」

 まだほんの半年前のことなのに。

 その言葉の響きが、なんだかすでに懐かしい。


「なので、春香先輩と鶴岡さんは『一日放送部員』なんです」

 彼は、少し得意げな顔でいってから。

「あ、でもちゃんと……バレー部長には許可をいただきました」

 今度はやや照れくさそうに、教えてくれる。


 別に先に話してくれたら、自分で聞いておいたのに……。

「いやそうしたら、『サプライズ』にならないじゃないですか」

 海原君が、そんな単語を口にするのは。

 正直似合わない、いや予想外で。

 ただ、驚きはそれだけじゃなくて。


「ま、まぁ。こんないいかたはどうかとは、思うんですが……」

 美也ちゃんと、月子とわたし。

 三人が揃った放送部をもう一度見たいのだと。


 彼にしては、珍しく。

「僕の、わがままなんですけどね……」

 自分の感情が優先だったと、『白状』した。



「なので、三藤先輩がいなかったら意味がありません」

 海原君の主張は、珍しく強気のままで。

「それを見ない海原くんこそ。矛盾するわよ?」

 ま、まぁ。月子のそれはいつものこと、なのだけれど……。


 ただ、きょうの彼は『別物』で。

「いえ、それなら平気です」



 ……なぜなら機器室にいなくても、耳で感じられるので。僕にはわかります。



「えっ? いまなんだって?」

「どうしたの、海原君? 珍しくさっきから……」

「『覚醒』、しているわよね……」



「だってこれは、僕の高校生活の『原点』ですから……」



 ほんと、きょうの彼はどうかしてるよ。

 でもおかげで、とっても心を動かされたから。



 ……思わず、わたしは。



「もしかして、わたしに振られて傷心なの?」



 半分、笑顔で。

 半分の半分、真顔で。

 そして残りは、涙をこらえて。



 ……海原昴に、聞いてみた。





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