君の香り。
@fuuwolf112
君の香り。
人が最初に忘れる記憶は、声らしい。
君にそう言われた僕は「僕は君のことは絶対に忘れないよ」と言って笑った。
忘れるわけない、愛しい君のことを忘れるわけが。
どれだけ時間が経っても絶対に。
そう思っていた。
そう信じていた。
君が死ぬまでは。
忘れられたくないなと笑った君は、首を吊って自ら命を絶った。
遺書には、「君は最初に私の何を忘れるのだろうね」と、そう書かれていた。
忘れるものか。
君の顔も、匂いも、温度も、声も。
君の全てを忘れてなるものか。
毎日思い出すようにした。
君の写真を見ながら、君の声を思い出した。
君の服を抱きしめながら、君の香りを思い出した。
1日、1週間、1ヶ月、1年。
毎日毎日。
ただ、人とは残酷なものだ。
僕は君を忘れてしまった。
最初は君が言った通り、声だった。
君が僕に言ってくれた言葉は思い出せるのに、どんな顔をして言ってくれたのかは思い出せるのに。
声がどうにも思い出せない。
僕は焦りを覚えた。
次に忘れてしまうのは何なのだろう。
香り?顔?温度?
君との思い出?
僕は怖くなった。
僕の中から君が消えていくような感覚だった。
まるで最初から居なかったかのように。
確かに君は僕の横で笑っていたのに。
抱きついて泣いていたのに。
名前を呼んでくれていたのに。
これ以上忘れたくない。
嫌だ。
消えないでくれ。
そう願っても、君は少しずつ僕の中から消えていく。
次に忘れたのは君の顔だった。
目を閉じたら思い出せていた君の顔が薄いカーテンに覆われたように霞んで、思い出せない。
君の笑顔
君の泣き顔
君の怒った顔
拗ねた時の子犬のような顔や、僕に抱きつく時の幸せそうな顔も。
全て思い出せない。
愛おしい君の顔が。
忘れたくないと、消えないでくれと願っても、指の隙間からサラサラと砂のように流れ落ちていく。
次に忘れたのは君の柔らかさと温度だった。
君の長くふわふわとした髪。
陶器のようなサラサラの肌。
眠い時に上がる体温。
君の涙。
それらを僕は忘れてしまった。
ただ僕が覚えているのは、君の香りと味だった。
君の愛用していたシャンプーの香り。
君とのキスの味。
シャボンの柔らかく甘い香りだった。
甘いものが好きだった君とのキスはいつも甘かった。
チョコだったり、いちごだったり。
言葉通り甘いキスだった。
幸せの味だった。
なのに、忘れてしまった。
僕が最後に残った記憶は、君の香りだけだった。
君の甘くて柔らかい、落ち着く香り。
甘いものばかり食べてるから匂いも甘いのかな?なんて、笑いあったっけ。
どんな声で笑ってたんだっけ…
どんな笑顔だったっけ…
その後のキスの味は、どんな味だったっけ。
そんなことを考えながら、僕は今日も君との思い出と共に眠る。
消えゆく君の香りに包まれて
これ以上忘れないように。
これ以上消えないように。
―終わり―
君の香り。 @fuuwolf112
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