終わることのない春
サイフル・バクリ
第1話篠ノ目学園の門をくぐる日
二月二十八日、月曜日。新しい学校での、最初の日。
篠ノ目(しののめ)高等学園――日ノ川県で最も権威ある教育機関――が遠くにそびえ立ち、期待と緊張を胸に歩む新入生たちを見下ろしているかのようだった。
篠ノ目高等学園の校門は、まるで異世界への入り口のようだった。そこを通り抜ける何百という生徒たちは、チャコールグレーの制服の波となって動き、鋭い朝の風に抗うように少しだけ頭を下げている。
それは単なる制服ではない。完璧に着こなさなければならない、第二の皮膚だ。
一人の新入生の目が、すれ違う生徒たちのディテールを捉える。男子生徒たちは、非の打ちどころのない仕立てのウールのブレザーに身を包み、背筋を伸ばしている。銀の三つボタンには、山の頂から昇る夜明けの紋章が微かに刻まれている。真っ白なシャツの襟の奥では、濃紺と銀の縞模様の絹のネクタイが、唯一の色彩の反逆であるかのようだった。
そして女子生徒たち。長いネクタイの代わりに大きな濃紺のリボンタイが結ばれ、より柔らかく、しかし同じくらい毅然としたシルエットを作り出している。プリーツスカートは膝丈ジャストに揃えられ、歩くたびに均一なリズムで揺れる。それは、流行と妥協不可能な校則との間で見出された完璧な着地点だった。
厚手の靴下か黒のストッキングに包まれた足が、冷たい歩道を速足で進んでいく。ほとんどの生徒が、その制服を暗い色の長いウールのコートの下に隠し、口からは白い息の塊が吐き出される。ブレザーの下にニットのベストを一枚重ね着している者もいる。凍える空気に対する、最後の砦だ。
革鞄から、一点の曇りもなく磨かれた黒のローファーまで、すべてが統一されている。ピンバッジも、ブレスレットも、「個性」を叫ぶものは何一つ許される余地がなかった。
その全てを目の当たりにして、彼女は自分がひどくちっぽけに感じた。すれ違う生徒一人ひとりが、その肩に、伝統、実績、そして期待という、目に見えない重荷をのしかからせているかのようだった。そして今、その重荷は自分のものでもある。
***
宮本春姫(みやもとはるき)。素朴な家庭に生まれた、人懐っこい少女。その心根の優しさは、家族からも、周りの人々からも、深く愛される理由となっていた。
その春姫は、今まさに制服に着替えようとしていた。だが、まだその段階ではない。シャワーを終え、体にタオルを一枚巻き付けただけの姿で、鏡の前に立っている。
鏡に映る自分の姿を見て、体を右へ左へ、くるりと一八〇度回転させてみたり。まるで雑誌やテレビのモデルのポーズを真似しているかのようだ。
「んっ!」と一つ頷き、自分に気合を入れる。
鏡の前でのポージングを終えると、両頬を軽く叩いて覚悟を決めた。部屋の壁にかかった制服を取りに行き、タオルをまだ散らかったままのベッドの上に放り投げる。
冷たい朝の空気が素肌に触れ、小さく身震いした。手の中にある篠ノ目の制服を見つめる。その生地は、あまりにも手触りが違った。袖を通したシャツは糊が効いて硬く、スカートはずっしりと重い。普段着慣れた心地よい服とは、かけ離れていた。
一つ、また一つと、見慣れない衣服を身に着けていく。濃紺のリボンタイは、二度やり直して、ようやく襟元で完璧に整った結び目を作ることができた。新入生の手引きに載っていた写真と寸分違わぬよう、昨夜暗記した通りに。
次に、チェック柄のプリーツスカート。ジッパーを引き上げると、まるで衣装をまとっているかのような気分になった。もう一度鏡の前で回ってみるが、今度の動きはより慎重だ。膝丈ジャストのその長さは、ひどく……正しく、同時に間違っているような感覚だった。
濃紺のハイソックスを膝下までぴったりと履き終え、最後にして最も重要なパーツを手に取った。胸ポケットに篠ノ目の夜明けの紋章が刺繍された、チャコールグレーのブレザーだ。
それを羽織った瞬間、春姫は肩にずしりとした重みを感じた。それは上質なウールの重さだけではない。これから足を踏み入れる新しい世界と、そこに渦巻く期待の重さだった。
鏡の中の影は、もはやタオル一枚でふざけていた春姫ではない。その姿はより大人びて、より真剣に見えた。一人の、篠ノ目高等学園の生徒だ。
「よし」と、自分自身に言い聞かせるように、小さく呟いた。
手早く、そして慣れた手つきで、長い黒髪を梳かしていく。これが最後の儀式だ。髪を均等に二つに分け、彼女のトレードマークであるツインテールに、手際よく結い上げていく。二つの束が、両肩に落ちた。
少なくとも、この窮屈で新しいものばかりの世界で、昔からの自分の一部を一つだけ、持っていくことができた。
深呼吸をして、鏡の中のツインテールの少女の瞳を見つめ、短く頷いた。
「オッケー! 出発の時間だ。」
全ての準備は整った。だが、部屋を出る前に、彼女はもう一度隅に立つ姿見の前に立った。
今度は、言葉はなかった。ただ、鏡の反射に映る自分の瞳をまっすぐに見つめる。まるで、その影と無言の契約を交わすかのように。そして、一息吸い込むと、踵を返してドアへと向かった。
だが、戸口でその足がわずかに緩む。慣れ親しんだ自室の静けさが、もう少しここにいろ、と引き留めているかのようだ。金属のドアノブが、手のひらに冷たく感じられた。ゆっくりとした動きで、それを押し下げる。扉は、軋みもせずに開いた。
味噌と生姜の、食欲をそそる香りがふわりと鼻をかすめた。一歩外へ出ると、視線は階下へと落ちる。食卓では、父の宮本翔太(みやもとしょうた)が既に席に着いていた。黒いスーツに身を包んだその背中はまっすぐで、朝の空気にかすかな湯気を立てるコーヒーを静かに楽しんでいる。
「おはよう、お父さん。」
春姫は、できるだけ明るく聞こえるように努めた声で挨拶し、階段を下り始めた。
その挨拶は空気に溶けて消え、返事はなかった。父親は何も聞こえなかったかのように、ただゆっくりとコーヒーカップを持ち上げ、一口啜るだけだった。
すぐそこのキッチンから、別の声が聞こえた。「おはよう、春姫。」
母親の宮本佳苗(みやもとかなえ)が、振り返らずに答えた。長い茶髪はきれいにまとめられ、すらりとした首筋が見える。ラベンダー柄の薄青いエプロンが、コンロの前で忙しく動くのに合わせて揺れていた。フライパンとヘラがぶつかるリズミカルな音が、宮本家の気まずい静寂を彩っている。
カップがソーサーに置かれる鋭い音が、キッチンの音を遮った。春姫が最後の一段を踏み下りようとした、まさにその時。椅子が後ろに引かれる軋む音がして、春姫は凍り付いた。父親が立ち上がったのだ。急ぐことなく、彼は春姫の方へと歩いてくる。
翔太は、春姫の真正面で立ち止まった。その視線――冷たく、突き刺すような――は、春姫をその場に縫い付けたかのようだった。息が喉で詰まる。周囲の空気が、父親の視線によって重く、薄くなっていくのを感じた。
「お、お父さん……な、なんでそんな目で見るの……?」
声は震え、ほとんど聞こえなかった。
キッチンで、佳苗の動きが一瞬止まる。オムレツの入ったフライパンを手に持ったままだ。彼女は、夫の逞しい背中に視線を送った。「あなた、やめてあげて。春姫が怖がっているわ。」
その忠告は、無視された。翔太は黙ったまま、その視線を娘の顔から一ミリたりとも動かさない。
唾が苦く、飲み込むのが困難だった。父親の視線の下で、春姫は自分が虫眼鏡の下の虫になったような気分だった。ゆっくりと、無意識のうちに、その視線は下へ、自分の足元を覆う濃紺のハイソックスに落ちた。
そして、まさにその時だった。何の前触れもなく、重く冷たい一対の手が、その両肩に置かれたのは。
途端に、春-姫の目が、父の感触に驚いて大きく見開かれた。
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