昼の旅人は夜の番人

「君が生まれたのはどこ?」

唐突な質問に、言葉を失った。「どこ出身?」と聞いてくれれば、すぐに解答できたのだが、質問が若干、ひねくれていた為、私は、

「スペイン」

と嘯いた。

「あっ、スペインね。俺はブルゴーニュ地方から。で、生まれは?」

「南アマゾンの奥地」

「お母さんの名前はなんて言うの?」

「楊貴妃の夫がつけた名前をそのままつけただけ」

「そうなんだ。で、お母さんの名前をなんて呼んでるの?」

「缶コーヒー」

「まあ、そうなるよね。お父さんは何をしてる人なの?」

「建設現場で寿司を握ってる」

「ちなみに底辺×高さ÷2は?」

「教えない」

学校で、こんなことをしていた。勿論、それが何の役に立つとも思えなかったが。

「ねえねえ、昨日何食べた?」

「漆」

「器ごと食べたんだね。美味しかった?」

「よく練り合わせてた」

「擦りこんではなかったの?」

「全然。というより秋が来たね」

「芸術の秋だね」

そんな他愛もない会話を他人が聞いたら、どう思うだろうとは一切、考えなかった。

「ねえねえ、あれ読んだ?」

「何?」

「幾何学模様の本」

「読んだよ」

「どうだった?」

「童話だと思った」

「俺も。もっと話しようよ」

「これやるの結構疲れる」

「76歳にもなると肩と腰と足に来るよね」

「後、目がちょっと来てる」

「ほんと忘れたい過去の思い出だよね」

「そうだね」

というところで目が覚めた。

夢か。またあの夢を見てたのか。くたくたに疲れ、ベッドから起き上がるのも大変な朝は、コンビニで朝食のおにぎりと缶コーヒーを買うようにしている。また考える作業が始まる。辛い。売れないというのは、こういう事なのだ。漆器で出来たお椀に入ったみそ汁を掻き込み、職場へと向かう。うんうんと息を立てながら、脳を動かした。

「芸術を笑いに変えるのはどうだろう」

一つ提案をしてみたが、芸術というものはそれ自体完成しているので、それを笑いに変えるには、今のところ大喜利のお題に使うしかないという意見やあまりああいうものを粗末に扱えないというマイナス意見しか出なかった。

「泣き笑いというのがありますよね。あれも一種の笑いのジャンルではないですか?」

私は、会議室でそういったニュアンスの事を述べた。

「それじゃあ映画ができちゃうよ」

「それを短くまとめるんですよ」

「企画としては面白いけど、伝え方だよね」

ちょうどその時、美術館でゴッホ展が行われていた。後はこれをどう使うかである。私は夢の内容を思い出した。

「童話にしちゃう?」

「どういうこと?」

「つまり、ものすごく写実的で哀愁があってそれでいて勢いがある。ゴッホの絵にちなんで、一個の童話を作るんだよ」

そんなことできる訳がない、金がかかる等という野次が飛んだ。

「もう少しだよ」

私は振り絞るように言った。

「じゃあ、こういうのはどうかな。すごく幼稚な発想なんだけど、ゴッホのモチーフだけもらおうよ。で、ひまわりとか自画像とか有名なやつあるじゃん。そういうのをコントのキャラクターにしちゃうの。で、それが何か勝手に動いてくれれば、一個ネタはできるかもしれない」

「もうちょっと揉んでみようか」

「やっぱり生き様を真似るべきだよ」

「タイトルは何にする?」

「昼の旅人は夜の番人」

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