悪魔との商談~寿命ネットオークション~

奈良まさや

第1話

第一章 合コン惨敗と謎の来訪者


赤塚陽子は、アパートのドアを乱暴に閉め、靴も脱がずソファに突っ伏した。

心臓の奥でまだ、合コンの失敗がずきずきと痛んでいた。


「はあ〜、最悪……」


27歳、女子高の英語教師。

平凡な容姿。社会人歴5年。最後の恋人は新人の頃に付き合った同僚で、彼に「君と一緒だと息苦しい」と言われて振られて以来、ずっと独り身。

母からは「そろそろ孫の顔を」と催促され、友人たちは次々と結婚していく。結婚式の引き出物の山が、部屋の片隅に積まれていた。


「『英語の先生って厳しそう』って、私、まだ自己紹介しかしてないのに!」


自己紹介の瞬間に場が凍りつき、最後は形式的な「お疲れさまでした」で終了。

胸に残ったのは、虚しさと劣等感だった。


「……このままじゃ、一生独身かも」


そのとき、玄関のチャイムが鳴った。時計は夜の十時を回っている。

恐る恐るドアスコープを覗くと、黒いスーツ姿の男。額に小さな角、背中に折り畳まれた黒い羽。


「どちら様……?」


「お疲れさまです。悪魔の田中と申します」


……はい?


第二章 悪魔の営業トーク


「本日は、赤塚陽子様の“願い”を叶えるために参りました」


差し出された名刺にはこう書かれていた。

地獄商事株式会社 営業部 田中


「……本当に悪魔?」


「ええ。正社員です。残業代も出ますし、有給も取れます。地獄はブラックと思われがちですが、最近は改善されまして」


なぜか妙に安心してしまい、つい部屋に通してしまう陽子。

田中悪魔はタブレットを取り出すと、にこやかに説明を始めた。


「ご希望は『結婚』ですね? でしたら最新サービス“寿命オークション”をおすすめします」


「寿命オークション?」


「はい。お客様の寿命をネット出品し、その対価に“素敵な出逢い・物”や“理想の条件”をお渡しします。まずは寿命1年で“素敵な出逢いプラン”など、いかがでしょう?」


第三章 最初の出品


「寿命を売るって……危なくない?」


「ご安心ください。痛みゼロ。死ぬのが少し早まるだけです」


「……全然安心できない!」


「ですが、1年くらい安いものでは? 理想の出逢いが保証されますよ」


その一言に、陽子の心は揺れた。

母の電話での「早く結婚して安心させて」という言葉。友人のSNSに並ぶ結婚式の写真。職場の同僚たちの「赤塚先生って、結婚まだなんですか?」という無邪気な一言。


「……わかった。1年くらいなら」


サインをした瞬間、画面には「寿命1年・即決落札!」の文字が点滅した。


「人気なんですよ。“婚活焦り27歳”は市場価値が高いですから」


「……私、メルカリの家具じゃないんだけど」


第四章 運命の出会い


1週間後。

スーパーで冷凍食品を抱えていた陽子は、レジ前でふと隣の男性と目が合った。


「あの、すみません。今、冷凍餃子落としましたよ」

「この餃子、美味しいですよね」


長身で柔らかな笑み。手には英語の参考書。

陽子の心臓が跳ねる。


――これが“寿命1年分の出会い”!?


彼はスマートに餃子を拾い上げ、陽子に差し出した。

「どうぞ」


「……ありがとう」


陽子の頬は熱くなった。

「悪魔の言うことも、悪くないかも」



第五章 エスカレートする契約


それから陽子は、田中悪魔の提案にどんどん手を伸ばしていった。


「もっと高収入の彼をお望みですか? 年収800万プランは寿命3年」


「……それで」


「ご自身の容姿を美しくアップグレードするプランも。寿命2年」


「……欲しい」


だが、代償はあった。

美しくなった陽子を見て、同僚は陰口を叩いた。

「整形?」「急に派手になったね」

高収入の彼は仕事漬けで、陽子の涙に気づかない夜もあった。


それでも田中悪魔は淡々と提案を続ける。

• 寿命1年:素敵な出逢い

• 寿命3年:年収800万の彼

• 寿命4年:容姿端麗アップグレード

• 寿命3年:モデルプロポーション

• 寿命4年:マイナス10歳肌

・寿命1年:サプライズデート

• 寿命3年:理想のプロポーズ保証


さらに「完璧な英語教師」「タワマン引越し」「両親への旅行プレゼント」などなど。

気づけば28年分もの寿命を差し出していた。


「トランプ大統領との電話会談」寿命9ヶ月は英語教師としての自慢話に。

「子どもを授かる」出品プランだけが、なぜか落札されなかった。


最終章 死ぬまで愛してくれる


「赤塚様、いよいよ最終出品です。“死ぬまで愛してくれる”」


田中悪魔は営業スマイルで告げた。

「寿命12年ほど差し出していただきますが……間違いなく幸せを保証します」


陽子は迷わずサインをした。

「いいわ。どうせ残りも短いんでしょう? だったら、最高に幸せな最期にしてちょうだい」


画面に「即決落札!」の文字が躍る。


――そして1年後。


陽子は彼の腕の中で笑っていた。

優しく、誠実で、死ぬまで愛してくれると言う男。タワマンからの夜景を眺めながら、彼の囁きを聞くたび胸が満たされた。


「君を一生、愛し続けるよ」


その言葉に涙しながら、陽子は思った。

――ああ、これが私の“幸せ”なんだ。


だが、不思議なことに、寿命を40年以上も切り売りしたはずなのに、死ぬ気配はまるでない。

むしろ心身ともに充実し、毎日が輝いていた。


「ねぇ田中さん……これ、本当に“寿命オークション”なの?」


陽子の問いに、田中悪魔は肩をすくめて笑った。

「“死ぬまで愛してくれる”プランはですね……“死ぬまで”の定義が曖昧でして。愛されている限り、死ぬタイミングは来ないんですよ」


「……え、じゃあ私、このままずっと?」


「ええ。永遠に愛され続ける、素晴らしい契約です」


陽子は呆れながらも、幸せそうに笑った。

だが、同時に心のどこかで小さく震えた。

永遠に続く愛は、果たして祝福なのか、それとも地獄なのか――。


エピローグ 悪魔の感想


夜空に飛び立つ田中悪魔は、珍しく上機嫌だった。


「いやぁ、“死ぬまで愛してくれる”は最高の出品プランですね。お客様は幸せ、我々は契約完了。……ただまあ、“永遠に愛され続ける”ってのは、人間にとって地獄に近いものがあるんですがね」


にやりと笑う悪魔の背に、街の灯りがオークションの落札通知のように瞬いていた。

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悪魔との商談~寿命ネットオークション~ 奈良まさや @masaya7174

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