赤坂えみる-違和感
表に出している言葉と、内面で思っている感情に「ズレ」を感じ始めた頃だった。
10月1日。いつも通りの虹野学園。暑さも落ち着いてきた朝のホームルーム前のこと。
___♪
全員のスマホに、一斉に通知が鳴った。
誰かがクラスのグループチャットにでも何か送ったのだろうか、そう思いながら画面を覗いた私達は言葉を失った。
『10月31日、人類はログアウトします。そう、あなたも。』
最初に言葉を発したのは私だった。
「ログアウト…?」
それを皮切りに、喋ることも息をすることも忘れていたようなクラスメイト達がそれぞれざわめき始める。
「何これ、ログアウトって」
「てかこれ返信も削除もできないじゃん」
「送り主不明…俺フィルタリングかけてんだけどなー」
教室が様々な反応に割れる中、私は一人スマホを握りしめていた。
いつもの私なら、笑い飛ばしていただろう。
ログアウト?何それこんなの絶対誰かのいたずらだよ、と。
でも、それができなかった。
なぜなら、通知を見た瞬間、
_____世界がひどく「作り物」に思えたから。
「えみるはどう思う?」
あれから一夜明けたホームルーム前。
聞いてきたのは桃瀬らいむ。
何について「どう思う」か聞いたのかは確認するまでもない。
いつもゲームばかりしているこの子は、「ログアウト」という言葉に何かピンとくるものがあるのだろうか。
「えー?別に気にしなくていんじゃない?こんなの誰かのいたずらだよ」
そんなわけない。
ああ、まただ。
言葉と感情がズレている。
「そうかなあ、そうだといいけどねえ」
そういいながら次の授業の準備をするらいむを見て、私はあわてた。
「あれ、次って移動教室だっけ」
「グループ活動だから次は理科室ってさっき放送あったけど…もしかして聞いてなかった?」
完全に聞き逃していた。
「いたずらとか言いながらじつはえみるが一番気にしてたりして」
「もー、そんなことないってば。そんな言うなら置いてくよ」
ごめんじゃん、と言いながら追いかけてくるらいむを見て思った。
世界は案外、楽観的なのかもしれない。
私が「ズレ」を認識し始めたのはついこの間…9月末くらいのことだった。
わりとクラスのムードメーカーであることを自負している私は、いつも笑って過ごしていた。
別に作り笑いなんかじゃない。
きっとあの時は本心で笑えていたはずだ。
それなのに、どうにも最近心が追い付かなくなってしまって、笑っていてもその奥で不安や焦り、恐怖などが渦巻いてしまうのだ。
私が悲観的になっているのに、世界は楽観的に回り続けている。
そんなことを考えているうちに、授業は始まった。
「今日のグループ活動は蒼山くんと黄野ちゃんと一緒だね、二人ともよろしくね!」
蒼山くん、もとい蒼山ゆうはとても頭のいい男の子で、黄野ちゃん__黄野くるるはめっちゃかわいい女の子。
この二人と並ぶと、自分の小ささに否が応でも気付いてしまう。
私から明るさを引いたら何が残るんだろう?
「えみちゃん、今の説明聞いてた?」
黄野ちゃんが私の顔を覗き込んだところで、意識が教室に戻ってきた。
「あ、えっと…」
蒼山くんは呆れたような顔をしたが、授業の説明を私に繰り返してくれた。
「え、今の蒼山くんの説明って、先生の説明と一字一句違わないレベルじゃない?」
隣のグループかららいむが顔を出す。
「うそ、そんなに記憶力いいんだ蒼山くん」
「それほどでもないよ、今のは覚えやすかっただけ」
というやりとりを交わしていると、先生から「静かに」と注意を受けた。
「あれ、シャー芯切れちゃったかも…誰か一本だけでいいので!ください!」
昼休み、私は教室の前方で叫んでいた。
「仕方ないね、はいこれ」
そう言ってシャー芯を5本ほど差し出してくれた男の子がいた。
「わ、こんなにもらっちゃっていいの?いおりんありがとう…!」
「その代わりジュース一本、おごりね」
「おごらせていただきます」
緑川いおり。
通称、いおりん。
この子には蒼山くんや黄野ちゃんみたいに突出したところが見受けられない。
だから、一緒にいても何もコンプレックスに感じない。
…そう思ってしまうのは、失礼だろうか。
ありがたくシャー芯を受け取って、一言二言交わしてから授業の準備を始めた。
授業が始まると、不意に睡魔に襲われた。
これはいつものことだ。
お昼を過ぎた途端に眠くなって、寝てしまう授業は稀ではない。
もうまぶたも閉じ切ってしまった。
だからいつも通り、意識を眠気に託そうとした。
「君たちはまだ、気付いていないだけ」
誰…?
今の、聞き覚えがあったような、でも、パッと出てこない。
眠い。
そこで私の意識は途切れた。
人類、ログアウト。 りき @riki0r
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