片付けるだけの簡単なお仕事です(対象:犯罪者)

青山アオ

第1話 便利すぎるけど地味すぎる

 カーテンの隙間から、容赦のない朝の光が突撃してきた。光っていうより、もうレーザービームに近い。寝起きの俺には過剰攻撃だ。片目だけ開けて視線を泳がせたら、すぐに後悔した。机の上も床も、俺に何か言いたげに主張していたからだ。


 ノートが塔のように積み上げられ、その上にプリントが不安定なバランスで乗っかっている。昨日の夜に食べたカップ麺の容器は、王様を気取って堂々と机の中央に鎮座。スニーカーはベッドの真横で、反乱軍の旗みたいに靴紐をぶら下げている。靴下の片方は行方不明、もう片方は机の脚に引っかかって投降待ちだ。


 俺の床は混沌が具現化したらこうだろうなという様相を呈している。ファンタジーなら魔王が現れても違和感ゼロ。RPGのダンジョンだって、もうちょっと秩序があるんじゃないかと思う。俺の部屋じゃなければ、見物料を払ってもいいレベルだ。


 「おはよう、俺のだらしなさ」


 声に出すと、皮肉が部屋全体にこだました気がする。寮の管理人に見られたら生活態度に赤点三つ追加。俺の信用スコアはもはや借金状態かもしれない。


 深いため息。肺が酸素を求める前に、俺の喉が吐き出すのは諦めの空気だ。毎朝こんなスタートラインで、俺はよく平然としていられるなと自分でも思う。


 ここは白鷺学園の男子寮三階。名前だけ聞けば白い鳥が優雅に飛び交っていそうだが、現実は高校生男子の生活臭で彩られている。表向きは進学校、裏の顔は異能者育成の養成校。地下には訓練施設、屋上には監視装置。パンフレットには絶対に載せられない機能ばかりだ。校則には「異能の無断使用禁止」と書かれているけれど、こうして部屋の掃除にちょこっと使うくらいなら目をつぶってもらえるだろう……いや、つぶってほしい。


 俺は瀬入大志、十六歳。身長百七十七センチ。鏡に映った俺を、灰色の瞳が半開きで眺めている。黒髪は寝癖が常駐、体型は痩せ気味で、体力テストはほぼ最下層。性格は自虐と皮肉をこねて焼いたパンみたいなもんだ。だけど友達のことは案外ちゃんと気にする。本人は自覚ないけど、そういうとこで帳尻を合わせてる。


 そんな俺に与えられたスキルが『この世の全ては定位置に戻るべし《オーダーリターン》』。物を「あるべき場所」に戻す力だ。机に散らかったシャーペンは筆箱に、床で迷子になった靴は靴箱に。人間は対象外。便利だが、長く使うと脳がずしんと疲れる。日常生活の掃除には完璧だけど、戦闘の必殺技には遠い。


 「さて……やるか、やらないか」


 片手を持ち上げる。掌は何も言わないけど、どこか「また頼るの?」と詰問している気がした。


 俺のスキルは派手な光も爆音も出ない。ただ物が戻るだけ。言うなれば、押し入れの戸をそっと閉める指みたいなものだ。

 「ヒーローなんて大層なもんじゃない。せいぜい、プリンターの裏で迷子になったコピー用紙くらいの存在感だ」


 自分で言って苦笑。派手さゼロの自己紹介ってどうなんだ。


 「この世の全ては定位置に戻るべし《オーダーリターン》」


 声を重ねた瞬間、部屋の空気が一拍遅れて揺れた。ノートが自動的に机の端に整列し、シャーペンはペンケースに吸い込まれる。脱ぎっぱなしのジャージはハンガーに引っかかり、ゴミ箱は勝手に栄養を補給するみたいにカップ容器を飲み込む。スニーカーはすっと靴箱に滑り込み、孤独だった靴下もペアのもとへ。


 音はしない。ただ、世界が静かに修正される。物たちが自分の住所を思い出したかのように帰っていく様子は、いつ見ても不思議だ。


 「便利すぎても困る。冷蔵庫の氷みたいに気づけば増えすぎて、引き出しが固くなるくらいには厄介だ」

 

 便利といえば、世の中には俺みたいに“何かできる”やつが一定数いる。異能者、なんて呼ばれてる連中だ。だいたいは中学から高校くらいで突然芽を出す。思春期の副作用みたいなもんだ。

 けど、中にはそれを悪用して詐欺したり、強盗まがいのことをしたりする奴もいる。便利が過ぎると、だいたいロクなことにならない。

 だから白鷺学園みたいな学校がある。異能者を正しく鍛えて、人の役に立つ方向に使わせる。まあ、俺の《オーダーリターン》が人類の役に立つかは知らないけど。少なくとも、寮の掃除につかう分としては無敵だ。


 額を押さえる。長時間はやはりきつい。こめかみがじんわり重くなる。これ以上はやめておこう。


 整った部屋は静かだ。静かで、ちょっと寂しい。散らかっていた時は物音が俺を相手にしてくれていた気がする。今はそれがない。ただ整然とした風景が広がるだけ。勝ったはずなのに、勝利のあとに残るのは沈黙だ。


 洗面台に立ち、寝癖を直そうと水で髪を濡らす。でも跳ねた毛は独立国家を主張して譲らない。鏡に映るのは普通の高校一年生の顔。灰色の目が半分眠って、半分面倒くさそうに俺を見返す。

 「……勤勉じゃないな、俺」


 朝から全力でスキルを使うような勤勉さは持ち合わせていない。俺の辞書に載っているのは、ため息と皮肉と自虐。


 制服に袖を通し、ネクタイを結ぶ。三度目でようやく形になった。自分に向かってグッドサイン。静かな拍手は誰も聞いていない。


 カバンに教科書と筆箱、そして予備のゴミ袋を入れる。無駄に思えるかもしれないが、街で何かあった時に片付けは役に立つ。異能の戦いは隠密が原則。現場を残さないためには掃除が必要だ。俺の力は、その意味ではちゃんと戦力だ。


 ベッドのシーツを整える。外で何が起きても、戻る場所が整っているのは大事だ。布団だって防具になる。眠りという補給線を守るための装備。誰も褒めないけど、俺にとっては戦いの準備だ。


 机の隅には昨日のメモ。「授業:能力披露の順番はクラス番号の逆」。俺の番号は最後のほう。つまり今日も笑いが出る。笑いは好きだが、笑われるのは別枠。できればプリンだけを別腹にしたい。


 窓の外、太陽が昇りきって校庭を照らす。誰かのジョギングの足音が小さく聞こえる。朝はいつも誰かの足音かくしゃみで始まる。くしゃみは世界の起動音。


 玄関で靴紐を結び直し、部屋を振り返る。混沌の戦場はもうない。整然とした床と机、整った部屋。小さな勝利。俺の一日はここから始まる。ヒーローらしくなくても、俺のやり方で。

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