第2章 ようこそ、クローバー ④変わる身体と心-1
2.4.1 努力の積み重ね
それからの日々、俺の頭の中は「変わる」という言葉でいっぱいになった。
起きて、食べて、大学に行って、バイトして、寝る。
その全部が、どこか「どうすれば少しでも綺麗になれるか」に結びついていた。
工場のバイトも、気づけばシフトを増やしていた。
「辻村くん、最近よく入ってくれるね」
ライン長の中年のおっさんにそう声をかけられたとき、俺は反射的に笑った。
「はい、ちょっとお金が必要で」
「若いのはいいねえ。遊びかい?」
「……まあ、そんな感じです」
化粧品や美容代、衣装代に消えていくなんて言えるわけがない。
けれど、心の中で「遊びじゃない」と小さく呟いた。
バイト帰りに、ドラッグストアに寄って化粧水や乳液を選ぶ。
カゴの中にあるスキンケア用品を見下ろして、胸の奥に確かな決意を感じていた。
――これが俺の武器になる。
***
髪も少しずつ伸ばしていった。
まだショートに近い長さだったけど、美容室で「女性っぽく見えるように」と勇気を出して注文した。
「へえ、そういう雰囲気にしたいんだ?」
美容師の兄ちゃんは軽く笑ったけど、真剣にハサミを動かしてくれた。
鏡に映った自分は、たしかにこれまでより柔らかい印象になっていた。
「……おお」
小さく声が漏れた。
俺の反応を見て、美容師は満足そうに頷いた。
「次はもうちょっと伸びたら、もっと遊べるよ」
「……はい」
心臓が高鳴っていた。
まるで新しい自分を手に入れたみたいで。
***
大学でも少しずつ変化が現れてきた。
「辻村、なんか最近痩せた?」
「……え、そうかな」
「いや、顔つきがシュッとしてきたっていうか」
「うん、まあ……ちょっと運動してるから」
友達に言われて、内心でガッツポーズをした。
これまで「何もしていない俺」に向けられることのなかった言葉。
努力の結果が、ほんの少しでも他人の目に映ったことが嬉しかった。
サークルの仲間とすれ違ったときも、ふとした会話が胸に刺さった。
「ねえ智也、今日なんか雰囲気違くない? 髪伸びた?」
「うん、ちょっと。美容室で整えてもらったんだ」
「へえー、いいじゃん。女の子みたい」
その一言に、思わず笑ってごまかしたけれど、心の奥ではじんわりと温かさが広がっていた。
――女の子みたい。
それは、今の俺にとって最高の褒め言葉だった。
***
夜、家に帰ってからも習慣は続く。
洗顔後に化粧水を叩き込み、顎のマッサージをし、腹筋を数十回こなす。
「いっ……てぇ……」
顔を指で押すたびに声が漏れる。
けど、続ける。
続けるしかない。
その繰り返しの中で、俺の生活の中心はすっかり「変わること」に置き換わっていた。
思えばこれまでの俺は、流されてばかりだった。
進路も、バイト先も、日々の過ごし方さえも。自分で選んだものなんて一つもなかった。
けれど今は違う。
俺は自分で決めて、自分で動いている。
そのことが何よりも新鮮で、胸を熱くした。
――やっと、俺は俺の足で歩き始めたんだ。
そう思うと、汗で濡れたシャツすら、少し誇らしく感じられた。
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