第12話 光の都市
アーネストとリオは、政府の保護施設にいた。
連日、たくさんの大人がやってくる。
ふたりは、実験のために壁の外から攫われてきたことになっていた。
ここに来る途中、手錠をかけられつつも、イサクがアーネストに耳打ちした。
「君たちはラストタウンから誘拐してきたことにする。君たちは、もともと僕らと知り合いだとか、関係があったとか悟られないようにしなさい。なに、うそを言ったところで、ラストタウンの戸籍なんて【シティ】の人間が持っているはずがないのだから、知らぬ顔をしていればいい」
リオは壁のそばで、じっとしていた。
長い足をきゅっと体に寄せて、体育座りの姿勢でいる。
アーネストも大人たちも、何度も話しかけてはいる。
しかしまだ、一度も反応をもらえていない。
保護施設に所属するカウンセラーだという女性は、リオは実験によりひどいショックを受けているのだと、都合よく勘違いをしている。
アーネストは、自分たちが純粋な被害者でないとばれていないことに胸をなでおろしつつも、清潔で窮屈な生活にどこか落ち着かなさを感じていた。
(今日は、何人来るんだろうか……)
正直なところ、何度大人が訪ねてこようと、アーネストには答えられることがない。
それはイサクが知らぬ顔をしろと言っていたからではなく、実験についても、【シティ】についても、マリアやイサクについても、アーネストが知っていることなど何もないからだった。
部屋のドアが開き、こんにちは、とあいさつしながら、スーツを着た男が入ってきた。
アーネストは、たしか政府の犯罪調査官だったなと思い出しながら、会釈で返した。
「あれから、何か思い出したことはないかな。ゆっくりでいいんだよ」
口調は穏やかだが、眼光は鋭く、アーネストは威圧されている気分になった。
「君たちはラストタウン出身なんだよね。どこでどうやって捕まって、何をさせられていた?」
「あの、ほんとに思い出せません……」
アーネストは目を合わせないようにして答えた。
調査官の男は、そうか、と言いながらも質問をつづけた。
「君たちは、どこで生活していた?」
「ラストタウン、居住区の地下です」
「家族は?」
「いません。俺の実の親は死んで、ラストタウンの町医者の所で育ちました。あいつも似たような感じです」
アーネストは、ずっと動かないでいるリオに目をやる。
「攫われる前、どこにいた?」
「よく覚えていません。」
「じゃあ、攫われる前の最期の記憶は?」
「……仕事場に向かっていました」
「仕事って?」
「ラストタウンのスクラップの山で、分別作業をしていました」
ふうん、と値踏みするような目で、調査官はアーネストを見ている。
「ちなみに、その仕事はあの子も一緒?」
「はい」
「ほんとに、誘拐された時のこと覚えてないの?」
「……すみません、思い出せないです」
「そっかあ。じゃあ、また来るからね。何か思い出せたら、すぐ知らせてね」
調査官は、ドアノブに手をかける。
「あの、」
アーネストが呼び止める。
「僕たちは、いつまでここにいるんでしょうか。家には帰れますか?」
調査官は腕を組んで難しい顔をし、考え込む素振りを見せる。
「そうだなあ。君が、ほんとのことを全部、教えてくれたらかなあ。」
調査官は不敵な笑みを浮かべて、部屋を後にした。
ああ、きっと何もかもバレているんだ。
アーネストは思った。
「聞き取り、もう終わったんだね。ごめんね、あの人ちょっと怖いよね」
私もちょっと苦手なんだあの人、と言いながら、カウンセラーが入ってくる。
「ライオネルくん、お話するのは今日も難しそうかな」
先ほどの調査官とは対照的な穏やかな態度に、アーネストは安堵していた。
「今日もずっとあのままです」
「そっかあ。まあ、ひどいことされてたら、そうなるよね。アーネストくんは大丈夫?からだ、痛いところとかない?」
「特には……」
「それは何より。さっきの人は、あんなキツい言い方してたけど、無理して思い出さなくてもいいからね。被害者の方に詰め寄ってどうするんだってね」
カウンセラーが朗らかに笑う。
ほんとうは被害者ではないアーネストは、少し目をそらす。
「ねえ、私ラストタウンに行ったことないからさ、ラストタウンのこと教えてよ」
端末をひらきながら、カウンセラーが言う。
結局聞き取りじゃん、と思いながらも、アーネストは淡々と質問に答えていった。
リオはいまだ、壁に体を寄せて泣いているようだった。
いや、涙は出ていない。
機械の体には、涙を流す昨日は備わっていなかった。
発露しきれない哀しみが、リオの頭を支配している。
「マリアさんが死んで、悲しいのはわかる。でも少し、前を向かないと」
見かねたアーネストは、穏やかな口調で語りかける。
「……前ってどこ?」
下を向いたまま、リオが口を開いた。
「これまで生きてきて、僕の世界にはおばあちゃんしかいないかった。なのに、どこを向けって?前がどこかもわからないよ!」
怒りと困惑が入り混じった顔をアーネストに向け、リオが声を荒げる。
「アーネストは僕のことを違う名前で呼ぶし、僕のことを知っている人なんか、おばあちゃんくらいしかいない。おばあちゃんがいなくなってしまったら、僕はどうやって僕として生きていけばいいの?」
リオがアーネストの胸倉をつかむ。
「落ち着けリオ!」
「うるさい!」
アーネストは必死に抵抗するが、リオの力にはかなわない。
「離せ……!」
リオがアーネストの首を絞めかけたとき、勢いよく扉が開いた。
カウンセラーが悲鳴を上げる。
廊下に控えていた警備員がリオを止めようとしたが、できなかった。
騒ぎを聞きつけ、他の警備員や例の調査官まで集まってくる。
リオを止めようとした警備員のひとりが、リオの腕をつかんで大きな声を出す。
「こいつ、人間じゃありません!」
調査官がにやりと笑う。
「捕まえて連れていけ!」
さすがに大人数には対抗できず、リオは何人もの警備員に引きずられていった。
残されたアーネストはせき込み、膝をついた。
「大丈夫?」
カウンセラーが駆け寄る。
「……あいつ、どうなりますか」
アーネストがたずねると、カウンセラーが首を振る。
「私には何も答えられない」
アーネストが調査官の方を見ると、調査官は威張って答えた。
「彼は、いや、あれは違法な実験の産物だ。まあ間違いなく解体だろう」
ああ、なんでこうなったんだ。
アーネストはひどく後悔した。
一度、マリアの家を脱出したときに、リオがライオネルだったんだとわかったときに、無理やりでも一緒にラストタウンに帰ってしまえばよかった。
アーネストはうなだれ、きつく唇をかみしめた。
護送されたリオは、檻の中にいた。
向かいの檻の中には、イサクがにこやかに座っている。
「やあ、リオくん。調子はどうだい?」
いつもの調子で、ひらひらと手を振る。
「なんでおばあちゃんを裏切ったの」
咎めるような口調で、いや実際咎めて、リオが言う。
「人聞きが悪いね」
イサクは淡々と返す。
「僕も、僕の身がかわいいもの」
イサクは以前、自分が政府に追われる身となった時のことを話し始めた。
――2年前、僕が指名手配になった時の話だよ。
いや、実際は指名手配じゃない。
なぜなら僕は、違法な研究がばれてすぐ、逮捕されたからね。
マリアは僕が逃げ切っていたと信じていたみたいだけど。
数年前の政府は今より過激でね。
僕が逃げようとしたら、容赦なく射殺しようとしてきたんだ。
もう、乱れ撃ちさ。
それで僕は降参して、投降したんだけどね。
研究内容だとか仲間だとか、いろいろ尋問された。
ごまかそうとしたら、彼らすぐ銃をちらつかせるんだ。
僕だって死にたくなかったからね。
全部、正直に答えたよ。
他に関与していた人はみな、物的証拠が見つかって逮捕された。
ああ、彼らは抵抗していないから、即射殺はなかったよ。
マリアだけは、何の証拠も見つからなかったらしい。
僕の発言だけでは、逮捕するには不十分だったらしく、それ以上マリアが無理な捜査を受けることはなかった。
代わりに、僕は解放された。
位置情報付きで、常に監視されながら。
政府のやつったら、僕に「彼女が動きそうであれば、すぐ知らせるように」とか言うんだ。
じゃあなぜ、マリアにすぐ会いに行かなかった、と思うだろう?
彼女は賢い。
捕まったはずの僕がのこのこ会いに行ったら、何が目的かわかってしまう。
政府は僕に、3年という猶予をくれた。
3年以内にマリアを逮捕に追い込めたら、僕はラストタウンに逃れていいってね。
ラストタウンは、衛生的にも設備的にも微妙だけど、まあ私のやりたい実験はできなくはないだろうし、いい提案だと思った。
2年間はじっと、地下水路の中で暮らしていたよ。
僕は正直、マリアが捕まらないまま3年が過ぎてもよかったんだ。
ここに戻ってくるだけだったからね。
でも3年目になって、君たちは現れた。
僕は好機を逃さない。
今日聴取を受けたら、明日には僕はここから出ていくよ。
そうそう。
マリア、まだ死んでないよ。
病院で緊急手術を受けて、まだ目は覚ましてないらしいけど。
体力も衰えてはいるし、もってあと数日かな。
僕がラストタウンで研究室を持ったら、連れてくるといいよ。
僕だって医者ではないけど、君と同じように、マリアを助けてあげられるかも。
「おばあちゃんが、生きてる……?」
リオが目を見開く。
「うん、生きている……というよりは、まだ死んでないといった方が正しいかな」
イサクが朗らかに言う。
「君なら病院からマリアを連れだせるかもね。少なくとも、そこの檻は壊せると思うけどな」
「わかった。おばあちゃんを連れて行ったら、必ず助けるって約束してね」
そういうとリオは、鉄格子をつかみ、思い切りこじ開けた。
看守が檻から出たリオに気づくも、止められるはずもない。
病院の位置もはっきりとはわからないまま、リオは弾丸のように飛び出した。
「ほんとに檻を破れるとは思わなかったなあ」
イサクは檻の中で笑みをこぼした。
一方で、アーネストは数日間の保護生活を終え、ラストタウンへの帰還を許された。
「君は本当に被害者のようだから、これ以上追及はできない。ただし、壁の中についてやあの機械の少年のことは、一切口外しないように」
調査官がくぎを刺す。
「……言いませんよ。誰かに言う必要もないですし」
アーネストの顔には疲労が見える。
実際のところ、【シティ】がどんなところなのか知るような時間なんて、アーネストにはなかった。
ただわかったのは、【シティ】でも人間が暮らし、その人間たちもどうやらラストタウンに暮らす人々と大した差はないらしい、ということだった。
壁は白く、輝いて見えていた。
【シティ】はどんなところだろうと、胸を躍らせた幼少期。
憧れの場所を一目でも見てみたくて、命を懸けたライオネル。
光り輝いていたはずの【シティ】が、今はなんだか薄汚く思えた。
ゲートからラストタウンに送られ、アーネストはひとり、居住区の地下の自分の部屋に戻った。
部屋を空けたのはたった数日のはずだったが、アーネストにはとても長く、ラストタウンを離れていたような気がした。
次の日出勤すると、作業場のオヤジたちはくちぐちに「おかえり」と言ってアーネストの背中をたたいたり、髪をわしゃわしゃと撫でたりした。
「作業ためちゃってすみません。いろいろ迷惑かけましたよね」
アーネストが頭を下げると、リーダーが首を振る。
「お前が無事戻ってきたことが何よりうれしいよ。」
誰一人、アーネストが何をしていたのか聞かなかった。
休憩時間、オヤジのひとりがラジオで音楽を聞いていた。
「それ、ニュースも流れます?」
アーネストがたずねると、オヤジはラジオを差し出した。
「聞けるぞ。自由に変えたらいい」
何か目的があるわけではなかったが、アーネストはラジオのダイヤルを回した。
ザーザーと雑音が流れたが、もう少し回し続けると、人の声が聞こえた。
――シティ・セントラル・ホスピタルに何者かが侵入しました。入院していた女性が1名、行方知れずとなっています。建物や設備、他の患者や職員に被害はなく――
「ありゃ、【シティ】でも物騒なことが起きるもんなんだな」
オヤジが言う。
アーネストはラジオに耳を澄ましながら、いつもと変わらず白く輝く壁を、ただ見つめていた。
アーネストと光の都市 荷葉とおる @roj
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