『声劇⭐︎星空設計シリーズ』あくびした猫、早上がりの日に

きゆなつひ

初めての出会い

登場人物

* 美伽(みか): 高校生。電車通学。

* 柏木(かしわぎ): 美伽より三つ年上の社会人。工務店勤務。



【SE:ガラケーのメール受信音】

柏木:

(ナレーション)

彼女との出会いは、本当にささいなものだった。スマホじゃなくて、ガラケーでやり取りしてた時代だ。


美伽:

(ナレーション)

『好きな歌手?そうだな、ゆずとか?大塚愛とか?』…彼からのメールにありきたりな返事をする。当時招待制SNSとして一世を風靡していた某サイトで知り合った。高校生の間で「安全な部類」とされていた、あのサイトだ。


柏木:

(ナレーション)

地元民が集うサークルに美伽さんがいたんだ。入院中に何気なく眺めていた彼女のプロフィールの写メを見たときから、もしかしたら好みかもって思ってた。退屈しのぎで始めたやり取りだったけど、返ってくる言葉の一つ一つが面白くて、気づけば毎日メールのやり取りをするようになってた。俺が一方的に話を聞くことも多かったけど、美伽さんのほうから相談のメールが来る頻度は、実はけっこう高かったんだ。


美伽:

(ナレーション)

地元民が集うサークルに彼がいた。どうやら、仕事中に怪我をして入院中。暇を持て余していたらしい。普段はこんなの使わないんだよ?忙しいからね?と宣っていたけれど、この後それが嘘でないことを知る。県内でそこそこ手広く個人住宅を請け負う工務店に勤めている、いわゆる技術職、職人。仕事中の怪我なので当然労災なので費用面は心配ないらしいが、そこそこ嫌味を言われ続けたと、後々笑っていた。


柏木:

(ナレーション)

でも、顔がタイプじゃないってハッキリ言われちゃったし、なんでこんな俺と連絡を続けてくれるんだろうって、いつも不安だった。


【SE:ガラケーのメール送信音】


柏木:

『退院したら、美伽さんが、快気祝いしてくれるんでしょ?期待しちゃうなぁ』


美伽:

(ガラケーの打鍵音)

いや、顔がタイプじゃないから、デートとか無理。と一蹴した。


柏木:

(ナレーション)

ま、いいんだけどさ、と思いつつ、なぜかめげずにメールを送っていたら、いつの間にかすっかり相談なんかもする程度には仲良くなってしまった。


【SE:ガラケーのメール受信音】


美伽:

(ナレーション)

『土曜日なので早上がり、美伽さんは学校かな?』…年齢的には、三つ上の彼は、ものすごく長い期間、私をさん付けで呼んでいた。理由を聞いたけど、なんか色々上手だと思ってたんだよ。と揶揄われた。


柏木:

(ナレーション)

「なんか色々上手だと思ってたんだよ」なんて揶揄ったら、「なんだ、もう慣れっこですよ」って顔して、本当はちょっと照れてた美伽さんが可愛くて、たまらなかった。


【SE:ガラケーのメール送信音】


美伽:

(ガラケーの打鍵音)

『部活終。今振沢駅。』


柏木:

(ナレーション)

今どこにいるかくらいは、普通にやり取りの中で話すようになっていた。これは、「慣れ」というより、美伽さんが俺との連絡を続けてくれてる証拠だ。今日の現場はね、実は美伽さんの学校の近くだったんだよ?とメールを送ったら、すぐに既読マークがついた。どんな顔してるかな、なんて想像してたら、すぐに返信が来た。


美伽:

(ナレーション)

今どこにいるくらいは、普通にやり取りの中で話すようになってしまってる。慣れとは、怖い。今日の現場はね、実は美加さんの学校の近くだったのですよ?とのメールにわかりやすくキョロキョロとする私。


【SE:ガラケーのメール受信音】


柏木:

『そんなキョロキョロしなくても(笑)』


美伽:

(ガラケーの打鍵音)

『うわ!キモ!ストーカーかよ!!』


【SE:ガラケーの着信音】


美伽:

電話で何度も話をしてしまっていたのだ。


柏木:

(電話口で)

どうも、顔が全然タイプじゃないストーカーです。


美伽:

いや、冗談言ってる場合じゃないし!なにしてるの?


柏木:

(電話の向こうの声が笑っている。同じタイミングで駅の方から笑い声がした。)

(ナレーション)

地元の学生が中心に使う、無人駅一歩手前。かろうじて役場の支所的なものや、地元の文化祭で使われる小さいホールが併設されている駅だ。単線の線路を跨いだ向こう側の駐車場から、俺は少し緊張しながら美伽さんに手を振った。


美伽:

(ナレーション)

単線の線路を跨いだ向こう側の駐車場から、彼がこちらに手を振ってる。


柏木:

はじめましてー、柏木でぇす。


美伽:

何、その間抜けな自己紹介。


柏木:

(ナレーション)

仕事だったのは本当だ。工務店の名前が入った作業着を着ていた。


柏木:

つれないなぁ、もう。


美伽:

釣られてたまるか!


柏木:

(ナレーション)

そのツンとした態度も、なんだか可愛くて、ますます惹かれていくのを感じた。


柏木:

カラオケいこ?ね?カラオケ!


美伽:

(ナレーション)

線路を跨いでいるので、わたしがホームに入ってしまえばそれまで。彼は帰るしか無くなる。でも、地元とはいえ、電車通学。駅についてから、親が仕事が終わるまで駅の待合室で、気が向けば勉強したり、買い物を任されて時間を潰すのが日課だった。つまり暇だったし、行き着く先の駅も彼には知られているのだ。そして土曜日。今日に限って祖父も老人会の旅行で不在だから、正味4時間ほど駅で待っていなくては行けない。もちろん、彼はそこまで把握済みで、、、、。思考停止したわけではない。考えるのがめんどくさくなったのでやめた。慣れとは、怖い。この一言に尽きる。


柏木:

(ナレーション)

美伽さんは何か考えるような顔をしていたけど、すぐにふっと表情を緩めた。その様子を見て、俺は思わず口に出してしまった。


柏木:

あ!考えるのやめたでしょう?


美伽:

(ナレーション)

なんで、言い当てたのか、これも後で聞いたら、あのほどわかりやすい顔で、思考するの止める人逆にいなくない?と言われた。


美伽:

(脇腹を目掛けてキックする)

柏木の奢りね!?


柏木:

はいはい。仰せのままに。


柏木:

(ナレーション)

初対面で、出会い頭に、キックをされた。でも、この時点で、もう彼女に夢中だった。


美伽:

(ナレーション)

親に手早くメールを送り、友達にアリバイ工作のメールを送る。今で言うところの合コンも、このサイトや他のサイトで募集をかけたりしていた。見ず知らずの人に会うことに対するハードルは、やけに低かった気がする。かく言うわたしも、同級生と付き合うとか考えることは一切なくて、車持ちの社会人にえらい憧れを抱いていた。どこに行くにも車必須だったため、学校の行き帰りだけで満足する級友のデートを、子供っぽいと思っていた。今思えば、異常だっただろう。私も、私に付き合う大人達も。その中でも柏木は一番若い人で、働き始めて一年目。速攻で怪我するヤボったい人だった。異常とか言う部類ではなかったと、思いたい。


柏木:

(ナレーション)

美伽さんのくるくる変わる表情を見ているだけで、なんだか幸せな気持ちになる。


美伽:

どこまで行くのかな。(助手席に乗り込みながら、風景に目をやる)あ、ネコだ。あくびでもしてるのかな?


柏木:

(ナレーション)

その横顔もまた、たまらなく可愛かった。「あ、ネコだ。あくびでもしてるのかな?」と、つぶやくような声も可愛くて、ずっと聞いていたいと思った。


柏木:

しゅっぱーつ!


【SE:車の発進音】


柏木:

美伽さんカラオケ予約お願いできる?


美伽:

え?


柏木:

いや、僕運転中ですし?


美伽:

(ナレーション)

あ、本当にカラオケ行くんだ。内心思いながら、ガラケーでカラオケハウスを予約をする。土曜のこの時間駅前のカラオケボックスは激混みなのだ。少し離れたところにあるボックス型のカラオケ屋を選んだ。


柏木:

(ナレーション)

美伽さんは慌てた仕草でガラケーを操作し始めた。その慌てた仕草も、やっぱり可愛い。


柏木:

何歌おっかなぁ、、あ!美伽さんお腹空いてる?コンビニでなんか買っていこうか?


美伽:

柏木の奢りなら。


柏木:

ねぇ、美伽さん、さっきからそれしか言わないね?


美伽:

だって、こんなの想定外だから、財布に500円しかないし。


柏木:

(大笑いする)

わかったわかった。


【SE:コンビニのドアの開閉音】


柏木:

(おどけて)

好きなものをたーんとお買いよ。


美伽:

(ナレーション)

なんだか腹が立って、一番高いお菓子と弁当買ってやる!と意気込む。


柏木:

(ナレーション)

その子供みたいな意地っ張りなところも、本当に愛おしい。


美伽:

(ナレーション)

そのあとは、今父の車にて帰宅中。カラオケに行って、カラオケをして、最寄り駅まで送り届けてもらった。そうカラオケだけで終わったのだ。お互いに好きな曲の波長があって、聞いていても歌っていても比較的楽しかった。これで、顔が良かったらなぁ。と、帰りの車の中思う。や、でも、手も握ってこないとか、ノリで握るもんなのでは?とイエーイみたいな。いや、それは私が軽いだけか?駅までの車の中、2人で歌った曲をかけながらノリノリで移動するとか、もはやラブラブのカップルなのでは?と考えてしまうくらいには、仲が良くなった。恋人候補というより、大切にしたい友達ができたかも?


柏木:

(ナレーション)

お互いに好きな曲の波長が合って、聞いていても歌っていても比較的楽しかった。美伽さんはこれで顔が良かったらなぁ、なんて言ってたけど、俺にとっては、そんなことどうでもよかった。帰り道、隣で楽しそうに歌っている美伽さんを見ているだけで、胸がいっぱいだった。手も握ってこないとか、ノリで握るもんなのでは?なんて考えてたみたいだけど、そんなことをしたら、きっと引かれちゃうだろうなと思って、できなかった。駅までの車の中、二人で歌った曲をかけながらノリノリで移動したのは、本当に楽しかった。もしかしたら、少しは俺のこと、意識してくれてるのかな、なんて淡い期待を抱いたりもした。


柏木:

(ナレーション)

白浜美伽。ただの世間知らずなのか、ちょっと強がりなだけなのか。でも、その一つ一つの言動が、俺にはたまらなく愛おしかった。友達止まりなんだろうなと、頭のどこかではそう思っていた。でも、今日、初めて会って、彼女のいろんな表情を見て、やっぱり諦めたくないって強く思ったんだ。


美伽:

(ナレーション)

柏木譲。ただのヘタレなのか、根性なしなのか、まぁでも、顔はタイプでなし。友達止まりなんだろうなぁとこの時の私は、そう簡単に思っていた。そう、気のいいやつとは、友達でいるのが一番と信じている。


【SE:静かにフェードアウト】

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『声劇⭐︎星空設計シリーズ』あくびした猫、早上がりの日に きゆなつひ @yukimidaifuku1220

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