3
交差点に差し掛かると、雨が少し強くなり、傘の布を小さく打つ音が耳に心地よく響いた。水滴が傘の縁からぽたりと落ち、靴の上で跳ねる。それを見て、私は思わず笑った。小さな音の一つひとつが、まるで私たちの会話の代わりをしているかのように感じられる。
横断歩道を渡りながら、私はふと、昨日の授業中に隣の席でノートを覗き込んでいた彼女のことを思い出す。あのときの彼女の眉の動き、紙をめくる手の仕草。今、この雨の中で一緒に歩く光景と重なり、まるで時間が前後に揺れているかのようだった。
「傘、少し傾いてるよ」彼女が小さな声で言った。
私はすぐに傘を少し寄せ、雨が顔にかからないようにした。その仕草だけで、無言のやり取りが成立する。言葉を交わさなくても、互いの存在を感じ合える。
雨音に混ざって、街の遠くから誰かの歌声が流れてきた。古いラジオからか、カフェの中からかはわからない。ただ、その声のひとつひとつが、私の心の奥に小さな波紋を広げる。今日の出来事や、ほんの些細な心の揺れが、静かに反響しているようだった。
私たちはふと立ち止まり、傘を並べたまま空を見上げる。灰色の雲の間から差し込む光は、雨粒を透かして微かに輝く。それを見て、私は胸の中のざわつきを少しだけ手放せたような気がした。存在の揺らぎや、昨日の些細な不安も、今はこの光と雨の中で静かに溶けていく。
「ねえ、帰ったらホットチョコレートでも飲みませんか?」彼女が笑顔で聞く。
私は小さくうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます