第4話:谷川莉子
猿島を後にして、私たちは鎌倉へ移動した。
江ノ電の線路沿いに見える海のきらめきに心を奪われながら、やがて小町通りの入口に立ったとき――私はすでに胸が弾んでいた。
「わぁ……すごい人だね」
観光客で賑わう通りを歩きながら、次々と立ち並ぶ屋台や食べ歩きの店を見ていると、どれも美味しそうに見えてしまう。
「何か食べたい?」と直也くんが尋ねてくれる。
「うん、ぜんぶ!」
即答して笑うと、直也くんも思わず吹き出した。
結局――私たちはあれもこれもと手を伸ばして、次々とシェアすることにした。
熱々のカレーパンを半分こして、ソーセージをひと口ずつかじる。
甘いクレープやバターパイも、交互に食べながら、顔を見合わせて「美味しいね」と笑った。
特に忘れられないのは、大仏様の形をした人形焼き。
私が袋から取り出し、ちぎって直也くんの口に差し出したときだ。
「ほら、あーん」
「……いや、オレ自分で取るから」
慌てて拒もうとする直也くんに、私はすかさず唇を尖らせた。
「えー? 保奈美ちゃんにはそうやって食べさせてたじゃん」
直也くんの動きが一瞬止まる。
「……ぐ」
観念したように口を開けて、大仏様焼きをぱくりと食べた。
「……どう?」
「……うまい」
恥ずかしそうに答える直也くんを見て、私は思わず笑ってしまった。
こういう表情を引き出せるのは、きっと保奈美ちゃんだけじゃない。私だって――。
ワッフルも、お団子も、ひとつひとつを分け合いながら、私はもうお腹いっぱい。
でもそれ以上に、心がいっぱいに満たされていた。
「2人で分け合う」それだけのことが、こんなに幸せだなんて。
※※※
夕方近く、鶴岡八幡宮の石段を上がる。
朱色の社殿を前に、私は胸の奥に込み上げてくる思いを抑えられなかった。
直也くんと並んで手を合わせる。
目を閉じ、心の中で言葉を紡いだ。
――どうか直也くんが、健康でありますように。
――そして、目指している仕事をやり遂げられますように。
――それに、いつまでも幸せでありますように。
気づけば、祈りはすべて直也くんのことばかりだった。
私自身のことなんて一言もなかった。
それが自然だった。そうでなければならないと思った。
もっと近くで支えたい。
直也くんが前に進むなら、私はその背中を押し続けたい。
そのために、自分の全てを差し出しても構わない。
手を合わせる指先に力がこもる。
私のこの想いは、もう単なる「恋」じゃない。
……恋を通り越して、直也くんへの「愛」に近づいているように思う。
参拝を終えて、授与所で目に入ったお守りを指差すと、直也くんも同じものを手に取ってくれた。
「お揃い、だね」
胸が温かくなる。
掌に収まった小さなお守りを握りしめながら、私は静かに心の中で繰り返した。
――直也くんが幸せになりますように。
それが、私のすべて。
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