第3話:一ノ瀬直也

 猿島へ渡る船は、真夏の太陽を浴びて白い波を立てながら港を離れていった。

 海風が容赦なく吹きつけ、デッキに立つと体ごと煽られるほどだった。


 「きゃっ……!」

 隣で莉子が短い悲鳴を上げた。

 白いミニスカートの裾を必死で押さえている。両手が塞がり、バランスを崩しかけたその体を、咄嗟に腕を伸ばして支えた。


 「大丈夫か?」

 「う、うん……風が強いね」

 莉子の頬は、潮風と陽射しのせいだけではなく、少し赤らんで見えた。


 船が大きく揺れる。

 そのたびに、莉子の体が自然とこちらに預けられてくる。

 肩が触れて、腕が触れて、体温まで伝わってきた。


 「……おい」

 苦笑混じりに声をかけると、莉子は悪戯っぽく笑った。

 「だって、直也くんが支えてくれるんだもん。昔から直也くんは紳士で優しいよね」

 「そういうこと言うなよ」

 「でも――紳士すぎるのもどうかと思うな。たまには少しくらい、悪い人になってもいいのに――私に対してだけならだけど」


 海風に消されそうな声だったが、耳に届いた瞬間、胸の奥が熱くなる。

 莉子の横顔は、いつもの幼馴染のそれじゃなく、どこか挑むような女性の顔をしていた。


 * * *


 島に上陸してから、砲台跡やレンガ造りのトンネルを歩いた。

 昼でも薄暗く、しっとりと湿気を帯びた空気が流れている。


 「わ、暗いね……」

 莉子が一歩踏み込んだ瞬間、足を滑らせた。


 「危ない!」

 咄嗟に抱きとめる。

 細い肩、柔らかな体が胸に飛び込んできた。


 「ご、ごめん……ちょっとびっくりした」

 顔を真っ赤にして、うつむく莉子。


 腕の中で震える小さな体。

 その感触に、一瞬息を呑む。

 ――思った以上に、柔らかい。

 普段は気づかない“女の子”としての存在感が、全身に伝わってきてしまう。


 「……平気か?」

 声をかけると、莉子は小さくうなずいた。


 暗がりを抜けて外の光が見えたとき、莉子は少し照れくさそうに笑った。

 「……ありがと、直也くん」


 その笑顔は、幼さと女性らしさを同時に宿していた。

 気心の知れた幼馴染のはずなのに、今の莉子は――やけに可愛くて、目を逸らすことができない。

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