世界は酷い様です――それでも、生きないとならないのは残酷ではないでしょうか?
空飛ぶたらいです
第1話 人生の終わり
※重たい心理描写が多いです
歩道は人々を堰き止める。
信号灯が微かに風に振れてた気がする。まだそれは新調したてで、綺麗な白色に反射した、嗚呼……昨日まで勤めていたこのビルが印象的だ。でも私には、酷い意味を連想的に思い起こされるばかりだった。
溜め息を落とす。胸が締まる苦しさ、――この景色を、初めて此処に来た時には、美しいと思えたのだった、かも知れない。もしくは、今ではない一年後心より笑えるぐらい幸せだったら、もしかしたら。
でも、たぶん1年後なんてない気がする。もう私に残された物は……。少なくとも一年後の未来を想像出来る現状を私は持っていない。そう思うと、きっと先程の想像が意味のない念願でしかないとわかる。
美しい物。
そう言えば。美しい物を久々に感じた記憶がない。
……美しい物って何だったのだろう。それは、大切な物?素敵な事?はぁ。もう、それらが本物なのか考える事は、疲れた。
惰性に任せて歩道を歩く。何処か覚束ない脚を、どうにか支えながら。
どうして今日も此処へ来たのだろうか?もう、来る必要はなかったのに。毎日と同じ様に電車に乗って、何時もより少し遅い時間だけど、此処に到着した。結局何をしたかったのだろう。
はぁ——私は、まだ日常に執着している、捨てたって思い込んでた癖に。もう、忘れた方がきっといいのに、だって失った物は戻らないのだから。結局無駄なのだから。
はは____歩こう、何処かへ。
騒めきが籠るなか、人間で溢れる歩道を歩く。
その騒音の様に沸き立つ私の感情は、嫌な物ばかり。渦巻く世界を、どう捉えれば整然と回ってくれるかが解らない。そんな中で歪な雑念が浮かび上がっては沈む。そうしても、希望を望んでしまう様に。
でも、何も叶わないから。ずっと、繰り返される。
下らない想いばかりだ。
どれくらい願っても、心臓を締め切る様な脈拍を沈めてくれる方法なんて解らない。だからこそ、この嫌悪の行く当ては体。それが一番、楽だった。
何かを壊したかった。でも壊したくなかった。ただ、私が悪いってそれで世界が完結してくれたら、何も考えずに身を放り出せた気がする。
はは、だったら完結してた。
苦しみを、そんな物で完結させようとしてた私が、愚かだった。痛み?苦痛?其れ等が、私への当然の報いなんだ。結局は自分で付けた傷で自身が抉った自傷で、ただ自己が招いた間違いだったから。
別に意味なんかない、だからこそ私がそう思ったなら、それが私への当然の報いだろう。結局、選択を正しく行えなかった、それは私。だから――私が悪い、
きっと意味がない。意味はない…筈なのに‘違う!’そう溢す心が嫌いだ。
嗚呼、黒い心だ。
今日という日は酷く黒い。心臓を刺す純青の空色が、歩き行く戯れの足音が、この場所に満ち満ちた日常の様な風景が、私の胸に深く根差す圧迫感を助長させた。
それは私を思わず、走らせたいと思う程に…でも、走り出せない勇気に私は悲しく思う。この無秩序の様な世界で、本当の無秩序となるのは怖かった。
意味が欲しかった。
叶うなら御伽話の世界へ走り出したかった……ずっとずっとそんな有りもしない理由を探してた。考える前に光を探す様に、見えてる筈の見えない、色のない透明。そんな、ありもしない空虚を。
でも……。
少し疲れたかも。
____歩行は不規則にでも等速で。ただ何処かへ向かって。歩きたかった。
私の家族。
父は幼い頃に自殺した。もう覚えていない、いやその時の記憶はまるまる抜け落ちたみたいに、私の中から消えている。解離性健忘と言う名称だったかな。思い起こしたくない嫌な感覚だけが、記憶を包んでいた。
その所為か、幼い頃の記憶は大きく抜けてる。人生の4分の1くらいの記憶はない様な、そんな感覚が漠然と今を流れてる。
どう言った家庭だったのだろう?どう言った生活をしてたのだろう?どんな感情を抱いていたのだろう?知りたかったのだろうか。
でももう、どうでも良い。
母に会いたい。
母は、懸命に働きながら、それでも私を愛してくれた。育ててくれた。どれだけ忙しかったのか、働き始めた今でも解らないぐらい多忙に、私の為に____。だからこそ、何時も母は体調を悪そうにしてた。よれた目が、今でも脳裏に張り付いて離れない。
まぁ、もうそれさえどうでもいいでいい。いや違う、正確にはもう変わらない現実に嫌気を示してるだけだ。
そう。どれだけ、過去を思っても、何も変わらないから。
だって、母も死——煩い声が、人間の騒めきが聞こえる。耳鳴りがする。煩い耳鳴りが、でも何処かその耳鳴りを身体が受け入れてる様だった。
それを言葉にして表したくなかった。
酔ってる様な感覚。
今日は、きっと終わらない明日を思い続ける事を、根の底から諦めた。だから。もう投げ捨てても結局変わらなかった。でも一つだけ、この心臓の軋みを、少しは和らいだ様な錯覚を思い浮かべれる時間が、出来た気がする。
わかってる。この酷い現実が嫌いな事は変わらない。でも、だけど!それでも……今は1秒後の未来がその1秒後の未来に、熱りもない淡い夢で微睡めた気がした。
——そう諦められたから。
はは。もう色々な事を、放り投げてしまった。だから、今は行き先もなく何処かへ何処へも、歩いてるだけだった。
だから、
「」。
自由になれる事はない、もう。今にとって明日はないし、もし明日があってもその明日は今日にとっては存在しない明日なのだろう。明日なんて考えたくない。
何方にせよ結局、苦しみは残り続ける。でも、別に良いんだ。
「いいよね」
大分と歩いた。通りの人が少し少なくなった様な感じだ、都市の中心地から離れたからだろう。疲労なのか、終わりたいからか、脚がふらつく。
そんな現実を見たくはなかった。ふらつく私を。
仕事は、私にはあまり上手くできなかった。いつも、怒られてばかりだった____酷い時は、頭を殴られた。その殴られた頭に出来た痣が、酷く私の心を割ったのを覚えてる。必死にそれを隠そうと、泣きじゃくりながら鏡の前で、立ち尽くしてた。
仕事へ行く前の何時間か何十分か、それを肌色で塗って塗って、隠そうと鏡へ落ちていった。そのまま消えてしまえば、良かったな。
はは——私が悪かったのかな?
私は、元々人と関わるのは下手だった。どう接すれば良いか解らなくて、だから人から弄られがちだった。それを、どう拒絶すれば良いか解らなかった。でも、拒絶出来ない方が悪いんだよね____きっとそうなんだよ、ね。
もうそれでいいんだ。
遂先日、借りてたアパートのお金を払い切れなくて、帰る場所を失った。だから今、こうして行先もなく、ただ彷徨ってる。もう何だか、何かを欲する欲求が湧かないから。
だから、もう今日は会社に行かなかった。随分と前から、会社にも行けなくなりがちだったから、もうどうなっても良かった。
もう何もないね。
はぁ。どうして、こんな事になったのだろう。
自分で思うのは自己中心的なのかも知れない。だけど、私はある程度は頑張った気がする。別に、誰かを幸せに出来たとか、褒められる事をしたと言う意味ではないけど……私の中では。努力した記憶はまだ温かい。
自己満足でしか無いのだろうけど。でも、自己満足も、しても良いよね——なのに、温かい筈なのに心臓の底では冷たいんだ。
うんう。もう良いんだ。もう何も考えなくて良い、その落下は好きな感覚。
私は逃げたかった。ただ、逃げたかった……本当にお願いだから、逃げさせて欲しかった。誰に願ったかも、何を嫌ったかも今は覚えてない気がする、だけど。でもその感覚は、ずっと心の中で温かい。何でだろう。
何時迄も願ってた。……何時からか、そう願ってた。
それも過去の話だ、きっと。
意識を空に向ける。私は暗い色彩のない空が好き。理由はわからない。でも私だけの誰もいない、その暗闇が一番暖かい。
少し目を瞑ると、思いの外音は思考を抜ける。この感覚は、気持ちを楽にしてくれる…無性に心地が良い幸福感、それを思い起こさせてくれる時間をくれる。
そう。あの絶望感を隔てる壁の様に、存在しない意味のさだかりを、忘れさせてくれた。
____脚を踏む行方がふらつく。
だから、私は夢が好きだった。怖い夢でも、現実でないとわかるから、幸せな夢よりも心の底は幸福だった。あの空間なら、苦しむ事も、嬉しかった。
私は。どうでも良いそれを……それが一番抱き締めたかった。夢。悪夢——この世界で苦しむぐらいなら、苦しい夢を見せて欲しかった。私にもう終わらない夢を!って願いたかった。誰にも邪魔されない、完結した世界が欲しかった。
でも、きっと見られない。わかってる。わかってるから。どうでもいい。
どうでも良いよね?
いつから夢が好きになったんだろう。
嗚呼関係ないけど、ふと思えば学生の記憶は、抱えたく思う程まだ温かい。
漠然とした記憶。言葉で表せない記憶。感覚が辿り寄せる記憶。
もっともっと自由で、見えない世界に想いを馳せて…そして、理解出来ない内容に嫌味を覚えつつ、それでも好奇心が私を掻き立ててくれてた気がする。
ただ普通に、誰かと関わってそれ程可笑しくもない人間を演じられてた筈。学校へ向かって、気怠い授業に嫌気を覚えながら。だけど意外と勉強を好きだった、ただの学校生活。
人と関わるのは、皆んなより下手だったけど。でも、誰かを困らせる事もなかった、浮いてる訳でもなかったぐらい。
別に流れ去った記憶なのに、凄く胸が引き寄せられる。たった自分の興味を思い起こせた時間が、てきとうだったけど前を向けてた時が、懐かしいまだ母…に会えてたあの日々は、嗚呼…そっかそうだった、そうだったら。
胸の鼓動を忘れる、身体の感覚を離せてるみたいに。脈打つ何かが、その圧が、否定感を忘れさせないけど、だけど、耳鳴りが世界を遮断してくれる様に、その感覚が世界を隔離してくれた。
そうただ、
「苦しくなかった。それだけで良かった」
無機質。世界は今日も整列されてた。信号は色を点灯させて、人々を従順にさせる赤色を照らす。
人を堰き止める。 それは、自分の意思で?
____誰かにぶつかった気がする、わからない。わかりたくもない。
でも、ふふやっとわかった気がする。
幸せって感じれない物だったのかも、知れない。だからこそ、大切にしなければならない物だったのかもしれない。
嗚呼…どんなに幸福だったのだろう、もう思い出せない。手で握ったら、壊れて溶けて……どこへ消えてしまったのだろう。
もう、きっと戻れない。ただそれだけ。それだけなのが、希望をくれないな。
いったい
――希望って何だったんだろう。何も出来ていない時が一番希望に溢れてた。何も知らなくて思いを馳せてた頃が、一番この世界を好きだった。
もう、この世界を好きだとは思えない。だったらもう、この世界から離れられたら良いのに。どうして、私はこの世界にいるの?
「もう嫌だ…嫌だよ」
声が聞こえる。
「‘大丈夫だよ、ほらこっちへおいで‘」
誰?
____優しい声。きっと幻聴なんだ。
嗚呼、信号灯の光が人々を堰き止めている。
あぁはは。どんなに願ったって変わらないんだ。もう変わらない、だからいいんだ。もういいや。
幻聴にでも縋って、もうこのまま何もかも無くなって終えばいい。
瞑れば闇が包んでくれる。
世界は暗い。全てをこの黒で隔てたい。何もかもを、この黒が隔ててくれたら。お願い…仏様「このまま、世界を暗くして欲しいよ」
お願い−–「かみさ
ヒュルルル!!!ギギギ…ッッドン
トラックが衝突した。
轟音が響き渡った。一時の間、世界を揺らした。秩序は揺らいだ。
堰き止められてた筈の、この世界を揺らした。
大型のトラックは彼女を即死させた。ピーピーピー何かの音が鳴り響いてる。その先には壊れた赤い電灯が、点滅を繰り返す。
人々は、取り留めもなく、方向性を失って慌てた。ただ、1人の人間が跳ねられた――それだけ。
だけど、それは充分な異常だったのだろう。
誰かが呼気を粗くして、声を上げる。
「‘早く!はやく誰か救急車呼んで下さい!!!!’」
トラックは、加速を維持したまま衝突した。彼女は大きく吹き飛ばされて、首をひしゃげさせた。その痕跡には、赤い赤い道が奥まで繋がっている。
もう救急車なんて意味がないのに。
狭い世界を、無秩序に整然させた。
あぁ。
「?」凄い覚醒を感じた。一瞬痛いを通り越して、ただ強烈な感覚だけが残ったその衝撃が、全てを包んだ。
まだ、凄く凄く…感覚すら思えない程、大きな刺激が何処かへつたう。思いがけず思考は明白に、されど燈のような微睡の中で。
思い出した。
「あぁそうか、私はたぶん信号を見ていなかった。」
最後の最後に覚醒した意識は、まじまじとこの世界を眺める。充血が目を覆った様に、赤く染まった空は直様に薄れ行く。世界を白色に染めて黒く落とさせて。
体が少し遠くにある気がする——空間がどうなってるのか解らないし、音はもう聞こえない。
意識の時間に、感覚はなかった。過ぎ去ってゆく様で長くて、でも短い様な時間?だけど、だからこそ不純なく。ただ、美しく正常に思考を定められた…最後の最後に、一番はっきりと世界を。
この、私を見た。今までの思いを。
「別の世界が良かった」
これで終わり?
あれ感覚は、存在してる。
「?」視界に映る。自然豊かな樹木林の世界が、目の前に広がる。けれども、それを意識は認識する瞬間はなかった。そんな余裕は、存在しなかった。
一瞬にして、意識は過剰な刺激に溺れた。
脈動する’肺’へ伝わる、吸い慣れない空気が、酷く冷たい。突き刺さって。血管の表面を掠れ切る様な、不快な違和感と痛みが体を捩り回る。
別に体表に刺さる空気に冷たさは感じないのに、中に入ると痛い。気持ち悪い。痛みが衝動的に死を連想させる、意味の解らない現状から救われたいと祈る、ただ怖い。思考が怖さに溺れる。
でも、それら以上に肌を駆け巡るこの酷い何かが、怖い。頭を殴る様な吐き気を催す。思わず、唾しか出ない嘔吐を引き起こす。
「がはっ!ガッはぁあぁぁ」
…っっっっっ????何が起こってるの?錯綜する脳内は、状況を全く読み解けない。吐き気が、気持ち悪さが。思考が留まらず、回転し続けてる。それは、思考が働くと言う意味ではなく、船が横転して海流へと呑み込まれる様に、この現実が私を崩壊させる。
比喩では無く死ぬ。
地面に倒れ伏す。——正常な行動は、壊れた思考と同じ様に転針をバグらせて、壊れた様子をふざけたかの様に綺麗に見せる。
涙の様な涙が、何処へつたうのか解らない表情は、希死を願う様に。
不快感は、痛みを誘発させた。気持ち悪さは、次の循環が来る毎に悪化して、直様。まるで、薄く表面を切り裂く様に、身体中を駆け巡る。あの痛みへと、変わる。
……あぁまた死ぬんだ。意識は何も理解をしないまま朦朧と、地面へと吸い込まれた。
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