第6話 ハゲ会議

 夜、それは行われる。

 開催日時は不定期。

 夜も更けた頃、薄暗い部屋で男達が机を囲む。

 夜な夜な集まって行われるのは情報交換を目的とした薄毛会議だ。

 最近、俺もその会議の末席に連なることになった。


 一言にハゲと言っても人によって程度は変わって来る。

 まずは父親だ。

 エリートハゲ一家の長である彼は見事な河童禿げだ。

 てっぺんを完全にさらけ出した、紛うこと無き本物のハゲ。

 頭頂部はいつも油でぬるぬるテカっていて、臭い。

 時折、自分の頭皮を触っては手に付いた臭いをテイスティングする趣味がある。

 くっそ気持ち悪い。


 次に兄貴二人だが、彼らはまだ頭頂部に毛が残っている。

 だが、彼らを頭上から見た者は十中八九、薄毛と答えるだろう。

 そんな彼らはまだ二十代前半だ。

 一般的には何をしてもハゲる年齢ではないが。

 彼らは既に何をしてもハゲる、通称『スイッチ』が完全にオンになっていた。

 彼らの特徴はバンパイアの如く、太陽の光を嫌がる。

 いや、太陽の光だけじゃない。

 明るさ。

 それが彼らの天敵なのだ。

 俺は『風』と『水』が天敵だが、彼らはそこに『明るさ』が加わる。

 朝、洗面所で薄毛隠しをしている時。

 彼等は洗面台の明るい照明を付けない。

 洗面所の照明だけで頭頂部をチェックするのだ。

 明るさが頭皮まで届かない環境で頭頂部を見るとどうなるか分かるか?

 そう、ちょっとフサフサに見えるのだ。

 薄毛具合がマシに見える。

 そうして、心の安寧を保ちながら薄毛チェックに臨む事が出来るのだ。

 そして同時に心の中で魔法の言葉を自分に言い聞かせるのを忘れない。


『外の明るさの下でも、この薄暗い明るさの頭頂部と同じなんだ』


 真実かどうかは関係ない。

 そう全力で思い込むだけ。

 以前、二人のハゲ兄貴が涙ながらにそう語っていた。

 その時俺は笑って聞いていたが、笑ってる場合じゃなくなってきた。

 最近、俺も洗面台の明るい照明で頭頂部を見るのが辛い。

 確実に階段を上っているという事だろうか、くっ。


「今日は薄毛会議にワタルが加わった事を紹介するために集まってもらった」

 頭頂部を隠すかのような薄暗い空間で、父親が低い声で言う。

 薄毛会議に参加するのは不本意だが仕方がない。

 認めたくはないが俺の薄毛は進行している。

 今必要なのは情報交換だ。

 大好きな幼馴染の雪子と結ばれるためには、プライドだって捨ててやる。


「ワタル」

「なんだよ改まって」

「お前も『男』になったな」

 優しさを含んだ真剣な表情で俺の頭頂部を見て言う父親。

 うるせえよ糞ハゲが。

 てめえの糞みたいな遺伝子のせいでこうなってんだろうが。

「これでワタルも立派な『男』になったな」

「おめでとうワタル」

 二人のハゲ兄貴も俺の事を祝福してくれる。

 くそハゲ共が。

 ハゲ仲間が増えたからって浮かれやがって。

「ハゲ共と慣れ合うために参加したんじゃねえぞ」

「まあまあ、そう興奮するな。おい、例のものをワタルに出してやれ」

「ああ、分かった」

 俺の前にラベルの剥がされたボトルが置かれた。

「ワタル、これが何か分かるかい?」

「育毛剤か?」

「ふふ、面白いワタル。これはトリートメントだよ」

 下の兄貴が爽やかな微笑みを浮かべている。

 こいつはラブコメに登場する優しい王子様みたいな性格だが、ハゲだ。

 悲しくなるからやめてくれ。

 ハゲは荒んだ性格でいいんだよ。

 

「トリートメントなら持ってるぞ」

「おいおい、ここは薄毛会議だぞ? 普通のトリートメントな訳がないだろう」

 ニヤリと笑う父親の方のハゲ。

 二人のハゲ兄貴も自信ありげに頷いている。

「って事はつまり、そういう事か?」

「ああ、そういう事だ。お前の薄毛会議初回ログインボーナスにこいつを進呈しようと思う」

 何その糞アプリみたいなの、速攻でアンインストールしたいんだが。

 とはいえ、このエリートハゲ共がオススメする一品だ。

 性能は間違いないだろう。

「さんきゅーハゲ共」

 俺は謎のトリートメントを掴み取ると風呂へと駆け出した。

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