第4話 宮廷魔術師ルーメンの試し

 広間は、見世物の匂いがした。

 香の煙は薄く、代わりに鉄の匂いと革の油、獣の喉鳴りが空気を重くする。円形の床の中央に黒い鉄柵が置かれ、その中に三体の黒騎犬――シリウスが伏せている。どれも胸板が厚く、鼻先は刃物のように尖り、瞳は溶けた黒曜石。毛はつややかだが、そのつやがどこか湿り気を帯び、皮膚の下に瘴気の泡が滞っているのが、遠目にも分かった。


 観覧席は半円状にせり上がり、上段には文官と貴族階級、下段には武官と魔術師団。ざわめきは抑えられているが、抑えられているからこそ熱気が高い。宮廷は愉しんでいる。試し――試合――審判。名はどうあれ、人は他人の限界が見たい。限界を見て安心し、同時に、限界を越える瞬間に歓声を上げる。


 壇上、白外套がひるがえった。

 ルーメン。宮廷魔術師。彼はいつものように、疲れたような、退屈したような半笑いで、片手を上げた。

「静粛に」

 声は大きくない。だが、よく通る。空気がわずかに収縮し、視線が一点に集束する。

「本日の演目――失礼、本日の“公開講義”の題は、『瘴気暴走個体の同時安定化に関する、異文化臨床の可能性』」

 わっと笑いが起きかけ、しかし笑いは最後まで開かない。

 ルーメンの目が、笑っていなかったからだ。


 セレスは、下段の柵脇に立っていた。白衣は簡素に、袖は肘の上まで折ってある。左手の薬指の黒金が、灯を飲み込んで静かに光った。

「治癒師セレス。王の“番”候補にして、療堂の責任者。ここしばらく、熱心に患者を集め、熱心に名を集め、熱心に記録を集めている」

 ルーメンの紹介に、広間のいくらかの視線が刺を帯びる。

 セレスは受け流す。刺は肉に残るが、血は流さない。

「君に、私から“試し”を贈ろう。黒騎犬(シリウス)三体。いずれも瘴気に冒され、興奮が高く、通常の鎮静呪も持続せず。治癒班は安楽死の判とした個体だ。これを“同時に”安定させ、呼吸、脈拍、体温を規定範囲に収める。時間は――そうだな、二刻……では甘いか。一刻。観客も退屈する」

 ざわめき。

「……同時?」

 セレスは確認のために言った。

「同時。ひとつうまくいっても、隣が暴れれば台無しだからね。臨床は孤独に見えて、実は同時並行だ」

 言うことは理だ。言い方は悪意だ。

 セレスはひと呼吸、腹に落とす。

「条件がある」

「君が条件を?」

「香草を五種。薄紫根、金粉草、灰蘇、髄桂、乾いた海苔苔。火器は小、風術はごく弱く。黒血を抜くための細針と、細い管。水。布。木枠は不要。魔術は――」

 セレスは一瞬だけルーメンの顔を見た。

「不要だ。もともと不得手だ」

 ざわ、という乾いた笑いが、上段から降ってくる。

 ルーメンは肩をすくめ、片手を上げた。

「用意しよう。風術は私が補助する。ただし、魔術による直接鎮静は君の要請があるまでしない。見たいのは“君のやり方”だ」

「それと――」

 セレスは声に芯を入れた。

「この“公開”は、見世物ではなく、記録として残すための公開だ。私は患者を使って賭けをする趣味はない。記録係を、信頼できる者から出してほしい」

 広間のあちこちで小さな舌打ちが起こり、黒衣の執事ダントンが上段の陰から音もなく立ち上がった。

「拝命いたします。記録は逐一、王へ提出。治癒班と宮廷魔術師団にも共有。誰でも読める形に清書します」

 彼が言うと、場の温度が整う。ダントンの言葉は、秤の錘だ。

「では――はじめようか」

 ルーメンの指が鳴り、柵が開いた。黒騎犬三体が、低く唸る。鎖は太く、鉄の輪は深い。目は黒く濡れ、口角は引きつり、背筋の毛が針のように立っている。


 セレスは息を整えた。

 まずは距離。

 刺激は最小に。

 視線は直接合わせず、斜め下から輪郭を見る。

 呼吸。

 吸気と呼気の音の違い。喉の鳴り。胸郭の上下。同じ獣でも、個体によって癖がある。

 ――右の個体、呼気が短すぎる。背中が硬く、喉奥から乾いた音。

 ――中央、舌が乾き、歯茎が暗い。循環が悪い。

 ――左、目が濁り、興奮しすぎて自分で自分を煽っている。刺激をひとつ抜けば落ちる。

 セレスは香草の包を開いた。

 薄紫根と金粉草を乳鉢で合わせ、灰蘇をちぎり、髄桂を一本、爪で裂く。乾いた海苔苔は紙のように薄く、燃やせばすぐ灰になるが、火が走る間だけ、瘴気の粒を絡め取る。

「風は弱く。煙を“押す”のではなく、“置く”」

 ルーメンが片眉を上げた。

「置く、ね。……やってみる」

 セレスはまず、右の個体の前に膝をついた。

「見る」

 声は喉で。それだけで、獣の耳はわずかに動く。

 呼吸の波に合わせ、髄桂の香をほんの少しだけ鼻先に“置く”。 強い匂いは逆効果だ。嗅上皮を焼けば反発する。

 右の個体の鼻がひくつき、呼気が一瞬だけ長くなる。

 そこだ。

 セレスは灰蘇の煙を、指で輪にして鼻梁の脇に移した。

「呼べ」

 小さく命じると、獣の瞳がかすかに揺れ、喉の鳴りが下がる。

「よし」

 右の個体の呼気が一拍長くなった。背中の毛の針が、一本だけ寝る。一本寝れば、続く。

「風、いまの強さを保って」

「君が指示するのは、腹立たしいが助かる」

 ルーメンは素直に風を調整した。


 中央。

 舌が乾き、歯茎が暗い。

 セレスは水を小皿に少しだけ置き、金粉草をごく微量落とした。金粉草は水に触れて微弱な泡を立て、瘴気の粒を縫い取る。皿を口元に近づけ、舌先だけ湿らせる。

「だめ。飲むな。舐めるだけ」

 言葉は通じない。だが、声の高低は届く。セレスは舌先の動きに合わせて皿を引き、犬の舌が泡を弾くように動くのを待つ。

 泡が、歯茎に触れる。

 歯茎の色が、わずかに赤に寄った。

 呼吸の音が、少し深くなった。

 中央の個体の黒血は粘性が高く、澱で動脈を塞ぎかけている。

 セレスは細針を取り、頸の皮膚を軽く押して血管の走行を確かめ、最も浅く、最も安全な一点に、針先を“触れさせた”。刺すのでは、ない。触れ、皮膚の表層に一点の穴を作り、そこに細い管を当て、わずかな圧で澱だけを吸い出す。

 ――これは、師から痛いほど教わった技術だ。

“診眼”をひらく。

 薄膜が瞳の表面に落ち、世界の輪郭が一段、解像する。皮下の黒い澱が、砂鉄のように渦を巻く。

 導線を描く。

 皮膚の上に、爪で薄い線を引いた。見えないが、触感で分かる。点と点。流れと流れ。

 軽く、吸う。

 黒い粒が、管の口に寄る。

 セレスは呼吸を止め、手の震えを消し、ほんの一滴分だけ吸い取った。

 黒が少し薄まる。

 犬の瞳がわずかに瞬いた。

「よし」

 自分に言い聞かせるように、低く。

 右、中央の呼吸がそろって来る。

 残るは左。


 左の個体は、強い。

 興奮は高く、目は濁り、尾は地を叩き、鉄の鎖が唸る。

 この個体は、外から抑えるのではない。内から、ひとつ、引き抜いてやる。

 セレスは火台から乾いた海苔苔を取り、指先で丸めた。

「風、止めて。煙を立てない。香は使わない」

「ほう?」

「視覚を落とす」

 セレスは左の個体の正面に立たず、斜めから近づいた。獣の目は正面に敏感、側方には鈍い。

 左手の指環が、ひとつ、鼓動を跳ねた。

 セレスは無視――しようとして、できなかった。

 鼓動のリズムが、自分のものではない波を混ぜる。

 距離の向こうの心臓。

 王の――。

「集中しろ」

 自分に言い聞かせる。

 左の個体の前で、セレスは低く息を吐き、海苔苔の丸を指先で潰した。

 ぱっ、と小さな灰が舞い、視界の焦点が一瞬だけ崩れる。

 視覚が崩れれば、聴覚が頼みになる。

 セレスは地を軽く踏み、一拍おく。

 犬の耳が、足音を追う。

 その瞬間、鼻梁の横に“空白”を置く。

 嗅覚の空白。

 匂いがあるのではなく、匂いが“ない”点。

 嗅覚は、ないものに注意を奪われる。

 犬の目が、僅かに泳いだ。

 そこで、セレスは手の甲で、額――眉間の少し上――を、軽く、撫でた。

 額の皮膚は薄く、皮下の神経は敏感で、撫でるだけで興奮の波が一段落ちる。

 これで落ちる――はずだった。


 牙が、閃いた。

 ほんの一瞬。

 煙の残滓で正面の認知が狂い、その反動で咬筋が跳ねたのだ。

 セレスは引かない。

 引けば、喉か腕に来る。

 前へ。

 肩から前へ。

 口角に指をかけ、頬の皮膚をつねって引き、下顎の力を散らす。同時に、膝で胸の前の一点を押す。

 ――間に合わない、と背中の冷たさが言った。


 影が、降りた。

 黒い布の音。

 風の向きが変わり、空気の密度が一段、厚くなる。

 セレスの指先と牙の間に、黒革の手袋が滑り込んだ。

 手袋の持ち主は、寸分の躊躇もなく犬の額に触れ、指先で一点、圧をかけた。

「落ちろ」

 低く、命じるように。

 黒騎犬の眼が一瞬、揺れ――縫い針が通ったように、力が抜けた。


 アレクシス。

 王は、いつ現れたのか分からないほど自然に、そこにいた。

 観覧席のざわめきが、潮のように引く。

 セレスは一歩、遅れて息を吐き、膝をついた姿勢のまま、犬の呼吸を再確認した。

 ――落ちている。

 過剰興奮が、波一段ぶん沈んだ。

 呼気が長く、吸気が短く。

 体温が、わずかに下がる。

「……助かるが」

 セレスは顔を上げ、王を見た。

「助ける気があるなら最初から、だ。最初からそれをやれば、犬は牙を出さなかった」

 王の目が細くなり、広間の空気が緊張した。

 挑む口調。

 無礼に等しい。

 だが――

「おまえの限界を、見たかった」

 王は、穏やかに言った。

「限界は、命を賭けて測るものじゃない」

「覚えておく」

 短い応酬の背後で、黒騎犬三体の呼吸が、そろっていった。

 右は香で落ち、中央は黒血の澱がひとつ抜け、左は王の一指で崖から一段戻された。

 セレスは順に回って、点の清浄を落とし、布で耳の内側の汗を拭き、足先の冷えを確かめる。

「風、切って」

 ルーメンが風術を止める。

 煙は消え、香は沈む。

 広間は、静かになった。

 鎖の音も、牙の音も、もうしない。

 黒騎犬三体は、伏せたまま、こちらを見ていた。

 瞳の黒に、もう、泡はない。


「終わりだ」

 セレスは立ち上がり、手を洗った。

 水はぬるく、指先の震えは、小さく残っていた。

 観覧席のどこかで、乾いた拍手が二つ、三つ。

 そして、潮が返るように、拍手が広間を満たした。

 それは歓喜というより、安堵の音だった。

 生き延びた、という音。

 誰が、ではない。

 みんなが、だ。


 ルーメンが階段を降りて来た。

「ふうん」

 細い目を、一度だけ、犬に、それからセレスに向ける。

「点の清浄の打ち方、悪くない。黒血の抜き方は――危うい。けど、だからこそ、効いた」

「誉め言葉として受け取っていいか」

「さあね」

 ルーメンは肩をすくめ、王へ視線を送る。

 アレクシスは柵の外で腕を組み、黒革の手袋を片方だけ外していた。指先に、犬の毛が一本。

「王の介入がなければ、左の犬に噛まれていた。……否定する?」

「しない」

 セレスは素直にうなずいた。

「私の読みは半歩遅れた。見えた瞬間には、咬筋がもう跳ねていた」

「じゃあ、学習だ」

 ルーメンは指先で空をなぞり、犬の額の一点を指した。

「ここ。『縫い点』。魔族がよく使う鎮静の急所。君の世界にはないだろう? ここを覚えれば、次は君が一人で落とせる」

「教えてくれるのか」

「宮廷魔術師は、知を惜しまない。……と、たまには言っておく」

 彼の唇の端がほんの少し、苦く上がる。

「陛下」

 ルーメンは王のほうを向いた。

「再試験は?」

 アレクシスは、短く首を振った。

「不要だ。見たかったものは見た。――おまえも、見ただろう」

 それはルーメンに向けた言葉であり、同時に、広間全体に向けた言葉だった。

 治癒師のやり方。

 魔術師の補助。

 王の一指。

 そして、宮廷の、見世物の癖。

 見えたなら、変えろ――そう聞こえた。


 拍手は、今度は小さく、長く続いた。

 拍手がやむと、犬たちは鎖を外され、訓練士に引かれて下へ戻った。

 セレスは柵を出て、手の甲に残った犬の息の温度をこすり落とす。

 そこへ、ルーメンが歩み寄った。

「君が嫌いだ」

 第一声が、それか。

「私も、君の言い方は嫌いだ」

「でも、やり方は嫌いじゃない」

「なら、半分は上出来だ」

「半分は、最悪だ」

 視線がぶつかり、外して、また戻る。

 敵か味方か。

 言葉にすると単純だが、現実は水で薄めた墨のように曖昧だ。

 ルーメンの瞳の奥には、屈辱の波がまだ残っていた。自分が試す側だったはずなのに、王と治癒師のやり取りの中で、自分が“試された”。それを彼は理解している。理解しているからこそ、笑えない。


「記録を」

 ダントンが、いつの間にか傍らに立っていた。

「治癒師様、処置の手順を、文で」

 セレスは頷き、簡潔に要点を口にした。ダントンは正確に写し取り、最後に一行だけ、勝手に付け足した。

〈なお、本件公開は“見世物”にあらず。以降、同様の公開は臨床教育のためにのみ行う。〉

「余計だ」

「必要です」

 ダントンは涼しい顔のまま、紙を閉じた。


 広間を出ると、廊の空気は先ほどより軽かった。

 セレスは階段を上がりかけて、ふと立ち止まる。

 左手の指環が、静かに二度、跳ねた。

 足音。

 振り返ると、アレクシスが数歩の距離で立っていた。護衛はいない。

「助ける気があるなら最初から、と言ったな」

 王は、先ほどの言葉をもう一度、口にした。

「言った」

「おまえが『最初から』に含めたのは、私だけではない」

「宮廷全体」

 セレスは即答した。

「観客、賭け、歓声。患者を挟んだ力の関係。……私はそれを嫌う。けれど、公開が必要な場面もある。だから、記録に変えた」

「うむ」

 アレクシスは短く頷き、わずかに目を細めた。

「よくやった」

 またその言葉だ。

 刃より始末が悪い。

 だが今度は、刃の形をしていない。

 掌の温度を持っている。

「礼の代わりに」

 セレスは一歩、近づいた。

「質問を」

「言ってみろ」

「あなたは、何故、あの一瞬にだけ介入した?」

「おまえが、次に進むために必要な“欠け”が、そこにあったからだ」

 王の返事は奇妙に曖昧で、しかし、腹に落ちる。

「欠けは、満ちるより、形を決める」

「詩人か」

「王だから」

 どこかで聞いたやり取りを、王はさらりと返した。

 二人は小さく笑い、そして、それ以上は言わなかった。


 療堂へ戻ると、アズが眠っていた。

 翼の布はほどけていない。呼吸は深く、目の縁は乾燥しているが、涙の痕は薄い。

 セレスは翼の張力を確かめ、鼻先に軽く香を置き、布を整えた。

「君は飛べるようになる。――飛ぶ場所は、ここじゃなくていい」

 独り言は、祈りではない。

 宣言だ。

 宣言は現実の柱になる。

 柱があれば、屋根が掛かる。

 屋根があれば、眠れる。


 机に座り、記録を清書する。

〈黒騎犬三体の同時安定化。右:過敏呼気→髄桂+灰蘇“置香”、呼息延長。中央:循環不全→金粉草泡舐、頸表層より澱の微量吸引。左:視覚分断+嗅覚空白→咬筋跳反→“縫い点”圧(王介入)。全個体、呼吸・脈拍・体温を規定に収束。〉

 筆は滑らかだった。

 指はまだ少し震える。

 その震えを、紙が受け止める。


 扉が軽く叩かれた。

 ルーメンだ。

「これを」

 小さな硝子瓶。中に透明な液体が揺れる。

「何だ」

「“空白水”。嗅覚の空白を作る――さっき君がやった、海苔苔の代替。持ち運びが楽。……君の世界にはないだろ」

「ない。ありがとう」

「礼は要らない。貸しだ」

「返す」

「どうやって」

「次に、君が必要なものを、必要な時に」

「ふん」

 ルーメンは鼻を鳴らし、踵を返した。

 去り際、彼はふと、振り向きもしないまま言った。

「私は、敵かもしれないし、味方かもしれない。君がどちらを選ぶか、まだ分からない」

「選ぶのは、私だけじゃない」

「そうだ。だから、面白い」

 扉が閉まる。

 残された静けさは、柔らかかった。


 夜。

 指環が、低く、規則的に拍を打つ。

 王の呼吸は、昼より深い。

 セレスは灯を落とし、窓を少しだけ開け、群青の空気を一口吸った。

 今日、いくつもの“限界”が見えた。

 自分の。

 宮廷の。

 ルーメンの。

 そして、王の――。

 限界は、線だ。

 線は、地図になる。

 地図があれば、道が描ける。


「助ける気があるなら最初から」

 自分が吐いた言葉を、反芻する。

 最初から、できるなら。

 最初から、できないこともある。

 そのとき、人は瞬きのあいだに選ぶ。

 選んで、後から学ぶ。

 学んで、次に活かす。

 ――それが、治癒師の生き方だ。


 眠りは遅れて来たが、来なかったわけではない。

 セレスは机に頬を預け、紙の匂いの中で目を閉じる。

 明日は、また患者が来る。

 来なければ、こちらから会いに行く。

 名を呼び、記録し、手を置く。

 王の眠りも、城の風も、少しずつ、同じ方角へ。


 広間で最後まで残っていた灯が、遠くでふっと消えた。

 その消える音さえも、今夜は優しかった。

 ルーメンの瞳に揺れた屈辱も、やがて別の色に変わるだろう。

 敵か味方か――境目に立つ者は、境目の風を読む。

 セレスは境目に旗を立てた。

 その旗は白衣の色で、縁だけが黒金の指環に似た光を帯びている。


「――再試験は、不要」

 王の声が、耳の奥で反響した。

 不要、なら。

 次は、公開ではなく、共有だ。

 見世物ではなく、学びだ。

 この城で、そういう場を増やす。

 それが、今日の“試し”の、私なりの答えだ。


 指環が、ひとつ、軽く跳ねた。

 返事のような、同意のような、ただの拍動のような。

 それで十分だった。

 眠りは、ようやく、真正面からやって来た。

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