家族に纏わる。

石衣くもん

ペットボトルで貯めるエコポイント

 うちの子どもは正反対だ。

 兄の明希は小一だけど殆ど喋らず、妹の由希は三才なのに黙っていられない。

 由希が妻に喋っている時を狙って、俺が明希に話しかけても、何でもお兄ちゃんの真似をしたがる由希がすぐにやってきて、会話に割り込むのだった。


 そんなある日、明希が服を泥だらけにして帰ってきた。何とか妻が聞き出した情報によると「友達と戦った」とのこと。喧嘩ではないらしく、怪我もなかったが、こんな時でも全然喋らない明希を妻は強めに叱った。明希は泣きそうになりながらも何も言わなかった。

 俺が話を聞くからと妻を宥め


「コンビニにペットボトルのリサイクルに行くから、手伝ってくれないか」


と、夕飯後に明希を外に連れ出すことにした。「ゆきも行く!」と泣かれたが、由希のことは妻に任せて二人で家を出た。初夏の生温い風が、じっとり肌に纏わりついた。

 我が家の周辺には田んぼや畑、竹林もあり、この時期は蛙の大合唱だ。


「蛙の声すごいな」

「うん」

「明希は蛙は触れるのか?」

「うん」


 明希は返事をしながら、手に持っていた二本の500mlの空のペットボトルを、ボコボコ打ち鳴らしていたが、


「今日戦ったんだってな」


と訊いた瞬間、手を止め、返事もしなかった。


「勝ったのか? 負けたのか?」

「……負けた」

「戦いは、誰かが意地悪したり、されたりするんじゃないんだよな?」

「……うん」


 蛙の声に負けそうなくらい小さな返事ではあったが、とりあえずイジメの可能性は低そうだ。これ以上問い詰めたら、もう付き合ってくれなくなるかもしれないから、


「わかった、明希を信じるよ。次、勝ったら教えてくれ」


と、背中を軽く叩いた。明希は小さく頷いた。


 それからも毎日、明希と夕飯後にコンビニまで歩いた。何を勉強したか、誰と遊ぶか、好きな給食は何か。明希はいつも俺が訊けば答えてくれたが、あえて戦いの話はしなかった。


「パパ、ペットボトル行こ」


 歩く時に聞こえてくるのが秋の虫の声になった頃、初めて明希の方から誘われた。何かあったのかと内心ドキドキしながら、いつも通り他愛ないことを質問した。すると、明希が少し照れ臭そうに


「今日、勝った」


と言った。それを聞いて、危ないことはしてないのかとか、そもそも戦いって何するんだとか、たくさん聞きたいことはあったが、全て飲み込んで


「お祝いしないとな」


と嬉しそうな明希の頭を撫でた。これまで貯めたポイントを使って、明希の好きなコーラを買った。


 これからも一緒にリサイクルしにくるんだから、いつか訊いたら答えてくれるだろう。

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