第6話 社会人スキル『平謝り』

「殿下……今、なんと?」


 ピシリという幻聴が聞こえてくるような、バラ園の空気がてつく感覚に襲われた。

 

 (おいおい! それはリゼットの前では禁句だろうが!)


 攻略対象の男どもには興味ないが、前世でプリブスをプレイしていたときから、私はリゼットというキャラが好きだった。唯一の推しキャラと言ってもいい。

 だから、リゼットのキャラクター設定についてだけは多少の覚えがある。

 性格に難はあれど、自身の美学を大切にし、良くも悪くも一本筋の通った考え方をする。それが、私の知るリゼットという人物だ。

 わけのわからんことを言うイケメンたちより、私にはよっぽどリゼットの方が好感を持てた。


 だが、そんな彼女には触れてはならない逆鱗がある。一度その逆鱗に触れれば、あとはもう、辺り一面が血の海になりかねない。

 そのトリガーが、リゼットを『血狂い』と呼ぶことだ。


 (畜生シャルルのアホ! 私が巻き込まれるだろうが!)


 いよいよ、なりふり構っていられなくなった私は、これ以上シャルルが愚を重ねる前に、強制的に二人の会話をぶった斬る。


「ベルナール公爵令嬢!!」


 未だ全身を襲う痛みをも吹き飛ばすように、私は声を張り上げた。


「……愚民、今わたくしは機嫌が悪い。次の発言には気をつけなさい」


 抑揚のない静かな言葉が、やけに耳に残った。

 そして、ようやっと腹から足を退けてもらえた私は、迷うことなく最速でその場に平伏する。


「先ほどは、とんだご無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした! この愚民を、貴方様の奴隷として扱き使っていただきたく存じます! 何卒!」


 怒りが霧散する、というほどではないが、リゼットが纏っていた暴力的な威圧が少しばかり軽くなった。

 リゼットは顔をしかめ、らしからぬ困惑顔をしている。


「正気?」


 (そういう表情もするんだな……ゲームじゃ見たことない顔だ)

 

「き、君! 何を血迷ったことを言っている⁉ そんなことをしなくとも君のことは俺が守る! だから、そんな真似はやめるんだ!」

 

 しかし、ようやく私が話したかった本題に入れそうなところで、やはりと言うべきかバカ王子がしゃしゃり出てきた。


 (こいつ、助けに来たのか邪魔しに来たのかどっちなんだ?)


 尻を蹴り上げてやりたい気持ちを抑えて、私はシャルルの方へ向き直る。

 

「殿下、あなたは何やら勘違いをしておられます。私は、自ら望んでベルナール公爵令嬢に踏んでいただいていたのですよ」

「「……は?」」


 シャルルをくつもりで適当なことを言ってみただけなのだが、リゼットにまで驚かれてしまった。


「だ、だが、君は苦しそうにしていた! 怪我もしているだろう!」

「そういうプレイでして。怪我も……私なら、直ぐに治せますから」


 そして、私は右手に魔力を込めた。

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