第5話 理想と現実

 リゼットに踏みつけられながらも、私は難局を乗り越える手立てを考えようとしていた。

 しかし、こうも手酷く痛めつけられては頭が回らない。

 

 (せめて、リゼットの足からどうにか逃れないと)

 

 そんな時、1人の乱入者が現れた。


「オイ! これはいったい何の騒ぎだ!」


 ハンカチ王子こと、シャルルだ。

 まだ中庭に留まっていたようで、私の叫び声を聞いてやって来たのだろう。

 

「おや、シャルル殿下。ごきげんよう。本日はお日柄も良く」


 頭上からは、なんとも空々しいリゼットの挨拶が聞こえてくる。

 

「リゼット、貴様いったい何をしている!」

「わたくしですか? ちょっとしたしつけ、でしょうか?」

「躾だって⁉ 人を足蹴にすることがか⁉」

「存外に踏み心地は良いですよ。汚い音が出るのは難点ですが」


 リゼットは「ほら」と言って、私を踏む力をまた強める。

 圧迫されて、私の口から勝手に「うぐぇ」と潰されたカエルのような声が出た。

 

「あらヤダ、一番汚い音が出た……ふふ」

「や、やめるんだ! 可哀想だろ!」


 底冷えするような笑みを浮かべるリゼットに、シャルルは完全に及び腰になっている。

 

「どうしてその子を虐める! その子が何をしたってんだ!」

「ですから虐めではなく、です。貴族に対する礼を失した平民が、一体どんな目に合うのか、わたくしが、先んじて教えて差し上げているのですよ」

「バカな事を……ここはエリシア中央学園だ! 身分に関係なく、生徒たちが対等に扱われる学び舎だぞ!」


 この学園では、教師や切磋琢磨するべき学生同士が、身分を気にして忖度をしないよう、全ての生徒が平等に扱われる事になっている。

 その話は、私が学園へ入学する前にも教員から説明があった。

 しかし、そんな絵空事、実現するわけがない。学のない平民だった私ならともかく、前世の記憶を取り戻し『社会』というもの知っている今ならそれが分かる。

 人は、権力というものに従順だ。


「殿下。そのような戯言を信じて間違いを犯した者が、どうなるとお思いです? ここがエリシア王国の国土である以上、身分という鎖からは何人なんぴとも逃れることはできません」


 まさかそんなことも理解して居ないのかと、リゼットは呆れを隠そうともしない溜息をついた。

 そのリゼットの態度と、彼女の言葉を否定しきれない自分に憤ったように、シャルルは端整な顔を歪めていた。

 そして怒りを抑えきれなくなったシャルルは、浅はかにも踏んではならない地雷を踏みぬく。

 

「それは…………お前が、学園で権力を振りかざしたいだけじゃないのか? 

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