桜回線から君へ

沙月Q

ある春の日…

「君は桜のあいさつを聞いたことがあるかね?」


 先生はそう言って見舞いに行った僕に笑いかけた。

 窓の外では大学病院の庭で満開となった桜の幹が揺れている。それは先生が長い間世話していた標本木の一群だった。


「桜は知的生命体だと言ったらどう思う?」

「そんなことはありえないと思います」

「ところが、私はそれが事実であることをつきとめたんだよ。桜は一種の知的集合生命体なんだ。個体同士で桜回線と言うべき通信網を持っていて、情報をやり取りしている。私はその回線にアクセスして、彼らにあいさつしたんだ。彼らもあいさつを返してきたよ……」


 先生は軽く咳き込んでから話を続けた。


「しかも彼らは人類を利用している。美しく咲き誇る事で我々の心理を刺激し、自分たちの種を守らせているのだ。人間の神経に干渉するすべも心得ていて、自分たちに仇なす人間には報復したりもする。聞いたことがないかね? 桜を切った人間が原因不明の死を遂げたり、迂闊な剪定をされた桜の周りで不吉なことが起こったりという話を……」


 僕は思いついた諺を口にした。


「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿……」

「そう、そんな言葉も彼らの暗示から生まれたものだ」

「でも先生、そんな学説を発表して信じてもらえるものでしょうか?」


 先生は悲しげに微笑んだ。


「私にはもう、発表できるまで研究を進める時間がない……だが、やがて君はそれが事実であることを知るだろう。桜が私に約束してくれたのだ。私の研究に報いてくれると……」


 翌日、先生は息を引き取った。

 それは僕たちも覚悟していたことだったが、訃報を受け取り大学病院を訪れた者たちは皆、信じられない光景を見た。


 昨日まで満開だった庭の桜が全て散りつくし、そればかりか……


 ……一本残らず枯れていたのだ。


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桜回線から君へ 沙月Q @Satsuki_Q

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