第2章 第5話「灰盟の輪」


シアの言った通り、地下へと降りる石段は、意外なほど浅く短かった。


開けた景色に目を見張る。


天井に吊るされた古びた灯籠が、坑道を鈍く照らしている。


岩壁を削って造られた通路は、長い年月の中で煤け、苔むしており、湿った匂いが鼻をくすぐる。


「……まるで、地下の町みたいだな」


ゼフィルの呟きに、シアが誇らしげに微笑んだ。


坑道の一角には石造りの建物が並び、小さな市場のような広場や、簡素ながらも清潔な診療所らしきものもある。


あちこちで子どもたちの笑い声が響き、活気があった。


「上よりゃ暗くてなんかいい感じだなァ!」


ネベルがきょろきょろと辺りを見回しながら言う。


奈落の暗さに慣れているネベルには、外は眩しかったようだ。


「そう。私たちの隠れ家、そして希望の種よ」


シアが目を細めながら呟いた。


シアに続いて奥へ進むと、肩まで伸ばした褐色の髪を三つ編みにした女性が、数人の子どもたちに囲まれて話をしていた。


鼠色の肩布付き外衣を身に纏い、その目はどこか哀しげで――それでいて温かかった。


「シア…?」


彼女がこちらに気づくと、囲んでいた子どもたちが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「シアお姉ちゃんだ!」


「帰ってきたんだ!」


シアが子どもたちの頭を撫でながら、三つ編みの女性に話しかける。


「セラヴィアさん、ただいま」


セラヴィア、と呼ばれた女が、嬉しそうに瞳を揺らす。


「おかえり、シア。本当に……帰ってきてくれてよかった。調査隊の任務に出るっていう連絡が最後だったから心配したのよ? あなたの連絡が途絶えてから、イゼルも随分落ち着かないし…」


その言葉に呼応するように、背後の影からもう一人の男が現れた。


焦げ茶色の腰まである外套を着た、長身痩躯だ。


イゼル――と呼ばれた男は、年若く見えるが、どこか落ち着き払った風格があった。


「シア……無事で何よりだ」


短く告げたその声に、微かな安堵が滲んでいた。


「ありがと、心配してくれたの~?」


「俺はあくまで同僚として、最低限の確認をしただけだ。君のことを個人的に気にしていたわけではない」


イゼルはそっけなく答えたが、その眼差しは子どもを見る親のように慈愛に満ちた眼差しだった。


「ふふっ、変わらないわね……」


シアが小さく笑う。


「で、こっちの二人は?」


セラヴィアがゼフィルとネベルを柔らかな視線で見つめる。


「彼らは、えっと…私が保護してきた子たちよ」


「俺はゼフィルで、こっちはネベルだ」


名乗る際、イゼルが見透かすような瞳でこちらを見つめているのを感じた。


「……あら、そうだったのね。 じゃあ食堂に案内しようかしら…お腹は減ってる?」


「おォ! 何でも食えるぜェ!」


ネベルが胸を張って答える。

セラヴィアがクスリと笑った。


そうして、一行は坑道の奥へと進んだ。



※ ※ ※ 



「シアじゃねぇか!元気だったかー?」


「イゼルが心配して飛び出しそうになってたぜ?」


途中、すれ違う人々から、シアが声を掛けられていた。


ゼフィルがチラとシアを見やる。


先程のセラヴィアやイゼルの反応然り、シアは随分人気者らしい。


「ところで、ゼイラスはいる? この子たちのことで話があるんだけど…」


「あら、噂をすれば、ね」


シアがセラヴィアに尋ねると、セラヴィアが通路脇の広間のような所を指さしてそう言った。


そこには、木剣で素振りをしている、筋骨隆々の男がいた。


「あ、ゼイラス! 鍛えてるところごめんね」


シアが少し申し訳なさそうに、獣人の男に話しかける。


「シア……帰っていたのか」


低く、重い声がして男が振り返った。


ゼイラス――と呼ばれた男は、大柄の獣人だった。頭には犬のような耳が生えており、薄紅色の瞳をしている。


鍛錬中のためか上半身は裸で、土色の幅広袴を穿いている。


その手には、木剣が握られており、見るからに“戦士”という言葉が似あう風貌だった。

 

「ただいま。ゼイラス、紹介したい人がいるの。 ゼフィルとネベルよ」


ゼイラスが木剣を置き、じっとゼフィルたちを見据える。


「……子どもか」


「えぇ、彼らを保護したんだけど…その…彼らを“灰盟の輪”に加えてほしいの」


シアの言葉を聞いて、ゼイラスが目を細める。


「……保護なら理解できるが、子どもを戦わせる気か?」


その声音に場の空気がピリつく。セラヴィアが彼の鋭い眼光にたじろぐのを感じた。


「彼らは強いわ、自分の身は自分で守れる。それに、彼らなら多くの人を救えると思うの」


ゼイラスの視線から目を逸らすことなく、シアがそう言った。その言葉には、力強さと決意が滲んでいた。


「ふん…お前がそこまで言うとは…言い分は分かった。だが、この目で確かめなければ認められんな」


そう言ってゼイラスがゼフィルとネベルを睨みつける。


「……なるほど、守られる側の目ではないな」


ゼイラスがゼフィルとネベルの目を見てそう呟く。


そして、立ち上がり木剣を拾い上げると、静かに構えを取る。


「見せてみろ、お前たちの力とやらを……」


そう言って殺気を放つ姿は、鍛錬され、練り上げられた“武”を感じる。


一目で分かる、数々の死線を潜り抜けているであろう、その強さ――シグルトと同等かそれ以上の実力かもしれない。


だが、こちらも生活と情報が懸かっている。


間違いなく強敵だが、奈落で戦った人型魔物の時のような恐怖は感じない。


しかし、魔力を練ろうとするゼフィルをネベルが手を上げて制す。


「ゼフィル、俺にやらせろォ」


「ネベル、やり過ぎんなよ…」


ゼイラスに向かって歩を進めるネベルに、ゼフィルが小さく呟く。


「…ネベル、と言ったか…。模擬戦だ、遠慮せずに来い」


ゼイラスの言葉を聞き、ネベルが口角を釣り上げた。

薄藍色の瞳を輝かせて。




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早速バトルの予感!

感想を貰えるとプリンぬは飛び跳ねて喜びます!!


また、最新話はnoteで読めるので、気になったら覗いてみて下さい!!

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