第2章 第4話「礫の呼び声」


「……リベルナ…」


ゼフィルが、シアの口にした言葉を噛みしめながら考え込む。


夕暮れが迫る王都の路地裏。


シグルトとの遭遇が嘘のように、あたりは静まり返っている。


シアに何か事情があるのは勘付いていたが――。


「なんかよくわかんねェけど、そりゃ強ェのかァ?」


「リベルナは、身分や種族による差別が合法的に行われる社会制度と闘っているの。不当な扱いを受ける亜人族や子ども奴隷の開放、保護などもしているわ。だから相手は王国であり、社会そのものよ。そういう意味では……強い相手と戦ってるわ」


「おォ! なんか楽しそうだなァ!」


意味が分かっていないであろうネベルが目を光らせる。


どうりで先程も、奴隷を解放しようとしていたわけだ。


それに、王国で他種族への差別が当たり前なら、シアが耳を隠して人族のふりをするのにも納得できる。


喜ぶネベルを横目に、ゼフィルが考える。


まず、ゼフィルとネベルは生活基盤を確保しなければならない。


だが、ゼフィルとネベルだけでは正直言って難しい。


その点、奴隷の開放や亜人族の保護をしている組織であれば、生活の心配は一先ず大丈夫だろう。


また、ゼフィルの目的を考えると、王都で平民や貧民として暮らした場合、エルグレイン家の情報を集めるのは望み薄だ。


だが、王国と闘う組織というからには、歴史や文化に詳しい者がいてもおかしくはない。


気がかりなのは、明らかに王政と対立しているという点だが――。


「何で俺たちに声をかけたんだ? 俺たちが衛兵に密告する危険だってあっただろ」


「さっきの騒動の後でそれは流石になくない?」


シアがクスっと笑う。


「俺たちが騒ぎを起こすと踏んでの誘いか?」


「いや、そうならないようにしてたつもりだったんだけど……」


シアが言いづらそうにネベルを見る。


シアの言いたいことを察しゼフィルがため息をつく。


先の騒動から考えると、このまま暮らしていこうにも、今のゼフィルやネベルは目立ちすぎるだろう。


ネベルなど、数日でお尋ね者になるのが目に見えている。


「ふふっ、でも何よりは、あなたたちは私を見ても何の偏見も持たなかったでしょ? 獣人やドワーフを見てもそう。だから信頼したのよ、奈落でも助けてもらったし。」


「それに関しては知らなかっただけ、だけどな」


実際、ゼフィルは亜人族を見たことがない上に、偏見を持つほど知らなかった。


奈落での生活の方が長いこともあり、王国の状況も知らない。

ゆえに、王国への忠誠心も愛着もない。


居場所も家族もすべて失ったゼフィルにとって、これ以上王国で失うものなどないのだ。


「それにね、あなたたちは…その……規格外だから…あなたたちと一緒だったら何かが変わる気がしたのよ…」


「規格外って…ネベルはともかく、俺は普通だろ?」


「何言ってるの、あなたも十分とんでもないわ。魔晶具なしでそれだけの魔法…たぶん魔導近衛隊と比べても上の方だと思うわ」


「そうなのか?まぁ魔導近衛隊がそもそも分からないんだけど…」


シアの発言から考えると、母や兄はすごい魔法使いだったのだろうか。


特に道具などを使う様子もなく、普通に魔法を使っていた気がするが――。


「ま、とにかく理由は分かった。俺らもまずは生活を何とかしないといけない。シアも俺らを信じてくれるみたいだし、協力することにするよ」


「それって…!」


シアが前のめりになるが、ゼフィルが待ったをかける。


「ただし、条件がある」


「条件…?」


そう訊き返すシアに、ネベルの方を指さしながらゼフィルが答える。


「あぁ、ネベルに人としての常識を叩き込んでくれる奴を紹介してくれ。ついでに、俺が求める情報に繋がりそうな人脈、できれば貴族と繋がりがある奴がいい。これが条件だ」


「あら、それならうってつけの人がいるわ!」


一瞬、シアは意外そうな顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔で答えた。



※ ※ ※ 



そうして三人は、王都の喧騒を離れ、三人は南西の山沿い――かつてドワーフの町として栄えていたという、旧ドワーフ族領の鉱山地帯へと向かっていた。


王都の南門からは数日の距離にある場所で、王国と併合してからは、閉山しているらしい。


結局、騒ぎを起こしたせいで、服を仕立てることもできず、ゼフィルとネベルはボロボロの恰好のままだ。


道中シアは、はやく水浴びがしたいとぼやいていた。


短期間とはいえ、奈落生活はシアには堪えたのだろう。


「そういえば、シアは何で奈落の調査なんかしてたんだ?」

ふと疑問に思ったゼフィルがシアに尋ねる。


「リベルナである事件の調査をする都合上、王国の内部に潜入してたの。そしたら色々あって奈落の調査隊に回されちゃったのよ……。私だって行きたくなかったわ」


シアが疲れたようにそう言う。


シアの様子から、やはり奈落とはそれほど忌み嫌われる場所ということだろう。


山間の小道を辿り、獣道のような路を抜けると、朽ちた建物や瓦礫が散乱する廃村に出た。


崩れた教会の外壁が見えてくる。


全体的に薄暗く、埃っぽい匂いがする。


生活音も聞こえてこず、人が住んでいるようには見えないが――。


「ここが……リベルナの拠点?」


ゼフィルが呟くと、シアは頷いた。


「万霊共和教の教会跡。三大災厄の後、廃墟になった場所……今は、地下への入り口になってるの」


崩れかけた祭壇の裏側にある階段。


人目につかぬよう擬装された隠し扉を開けると、冷たい空気が吹き抜けてきた。


「……また地下か…」


地下へ続く暗い階段を見て、ゼフィルが一瞬顔を引きつらせる。


それを見たシアが、いたずらっぽく目を細めた。


「ゼフィルにも意外と子どもっぽいところあるのね~」


「う、うるせぇなっ!」


内心、奈落に落ちた時のことが一瞬頭をよぎったが、あの場所より恐ろしいことはあるまい。


分かってはいるものの、嫌な汗が脇を流れるのを感じた。


「大丈夫よ、そんなに深くないから」


ゼフィルの様子を見かねてか、シアがそう声をかける。


「オィ! はやく行こうぜェ!」


そんなゼフィルとは裏腹に、ネベルが待ちきれないとばかりに鼻を鳴らしているのであった。




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再び地下へ!!

感想を貰えるとプリンぬは飛び跳ねて喜びます!!


また、最新話はnoteで読めるので、気になったら覗いてみて下さい!!

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