1.貧乏除霊師の憂鬱

「だからって金を使いすぎなんだよ! また除霊の報酬ほとんど酒と女に使い果たしやがって!」

『仕方ないではないか。肉体を得ると欲望が滾るのだ。それを満たすまで金を使ったら財布が軽くなっただけのことだ。必要経費必要経費』

「俺の金だし、俺の身体なんだよ!!」


 ダンジョンの最寄りの冒険者の街。その一角の集合宿の一室で、黒髪の男が空っぽの財布を嘆いて声を荒げていた。

 男の名前はアレン。彼はこの街で除霊師を生業としていた。彼はこの部屋で一人でずっと喋っている。賢明な読者諸君の中には彼の話し相手が見える者がもしかしたらいるかもしれない。アレンの側には、半透明の霊体がひとり、ふよふよと漂っていた。


『だって、お前の生命力ったらすごいのだ。戦闘で興奮したらもういきりっぱなしで娼婦を三人抱いても治まらなかったのだぞ。私のせいではない。お前の肉体がスケベすぎるのだ。私ではない。お前がスケベ』

「フェイルードッ!! この、悪霊クソエルフがッ!!!」


 フェイルードと呼ばれた霊体は流れるような金色の髪に青い目、そして長く尖った耳。美しいエルフの男のかたちをしている。フェイルードは数年前からアレンに憑依している霊だった。生前はアレンよりもさらに強い除霊師だったのだがとある事件で命を落とし、それ以来ずっとアレンの側でこうやって漂っている。アレンが除霊時相手にした霊が手に負えない時アレンの肉体に取り憑き、代わりに除霊をすることがあるのだがその結果はいつもこの通り。取り憑いた後たっぷり十時間はアレンの身体の主導権を握り、好き放題してしまうのだった。


「これはまたすぐ除霊の依頼を受けないと明日の飯にも困るな……ギルド行ってみるか」

『ほう? 今週はずいぶん勤勉だ。手に余ったらまた私が手伝ってやるからな』

「お前の手は借りないッ! 今回は俺だけでやらせてもらうぞ!」

『ほう、それは面白い。では私なしでどれだけやれるか見せてもらうとしよう……』


 この街では毎日何十人もの冒険者がダンジョンに挑んで、そしてあえなく死ぬ。死んだ者はどうなるか。そのまま死者の行く場所へ消えていく者もいれば、現世に残ってしまう者もいた。現世に残った霊はどうなるか。ダンジョンで生きた冒険者を引き込むゴースト系のモンスターになるか、さもなくば街に解き放たれるのだ。


(相変わらず霊が多くて歩きづらい街だぜ……)


 冒険者ギルドへ向かう道すがら、アレンは目に入る人影をすべて避けて通る。アレンには生きたものも死んだ者も全て同じように見える。人間だと思ったら霊だったり、その逆だったり。物心ついたころにはアレンは目に見える者すべてを避けて歩くようになった。いちいち構っていたらきりがない。ほとんどの霊は生きている人間の生命力のまぶしさに焼かれておとなしくそこにいるだけだからだ。


「なんだあれ、キモい奴がいるな。ふらふら歩きやがって」

『こっちみてこっちみてこっちみてこっちみて』


 今もちょうどアレンを嘲笑するごろつきのすぐ耳元で首が曲がった女がずっと喋り続けていた。そういう物を全部無視してたどり着いた冒険者ギルドの扉を開けると、アレンは仕事の依頼が貼ってある掲示板にまっすぐ向かった。

 ダンジョンの中にゴースト系モンスターが出て進めない時、冒険者はギルドが斡旋する聖職者を雇ってパーティに加え、除霊してもらう。アレンの目的にしている依頼はそれ以外。街で霊の悪さに困っている一般人の依頼だった。そちらも本来は教会の仕事だが、ダンジョンであぶく銭を稼いでいる冒険者のように気軽に教会にお布施を払えない者もいる。アレンは除霊師を名乗ってそういった依頼を進んで受けているのだった。


「おお、あるある……。しかもなかなか高額報酬じゃねえか。なになに……老朽化した市民病院跡地の……あっ! おい!!」


 依頼文を見つけ読んでいたアレンは目の前から急に張り紙が消えたので思わず声を上げた。横合いから何者かが破り取ったのだ。


「またこんなものが掲示板に……。これは教会の領分です。あなたはおとなしく普通の雑用でもなさい」

「クラリッサ……!」

『のろまだな、アレン。剥がしてから読めばいいのに』


 アレンが視線を下に落とすとそこには背の低い聖職者姿の女がいた。赤毛の彼女は気の強そうな目で浮いているフェイルードごとアレンを睨む。


「あなたは……相変わらず変なものに取り憑かれて、かつての優秀な聖職者が見る影もないですね。自分が情けなくないのですか?」


 クラリッサと呼ばれた彼女はまだ少女と言っていいほど若かった。彼女にはフェイルードが青白い靄のようにしか見えないのだが、アレンの身体にまとわりついている靄を見るとおぞましさを感じ、そんなものに甘んじて取り憑かれているアレンにきつく当たってしまうのだった。


「まあ……情けないと言えば情けないかな。君は頑張っているようだね。前より背が伸びたかな」

「やめてください。わたしはもう立派な聖職者です。昔とは違う」


 アレンはかつて教会に属していた。クラリッサの言う通りそのころの彼は優秀な聖職者で、クラリッサの先輩にあたる。彼は教会から命じられたエルフの霊の除霊を遂行せずに、あまつさえその霊をかくまったために教会から追放されている身だった。クラリッサはかつてのアレンにとても懐いており、自分が一人前になる前に教会を去ってしまったアレンに対して複雑な感情をいだいているのだ。


「どうしてその霊を庇ったのですか……。あのことがなければわたしはあなたと今頃組んで除霊をしていたはずだったのに……」

「……」

「答えられないのですか。呆れを通り越して哀れですね。あなたの輝きはその霊に吸い取られてしまった。そんな人にもう用はありません。失礼します!!」


 クラリッサの問いにすぐに答えないアレンの態度にイラついた彼女は、ぷいとその場から去ってしまった。ばつが悪そうに頭を掻く彼の顔をフェイルードが覗き込む。


『娘がいなくなってしまったから私が聞こう。どうして庇ったのだ? ん?』

「うるせえよ」


 アレンと生前のフェイルードは友人同士だった。除霊師という生き方を聖職者だったアレンが知っていたのもフェイルードが除霊師だったからだ。教会にとって野良の除霊師は排除したい対象だった。しかし話してみるとフェイルードはけっして悪党ではなく、除霊の現場でかち合ったアレンを何度も助けてくれたのだ。アレンはそんな彼に次第に友情を覚えていった。だから死んで霊になったフェイルードを除霊するために派遣された時、アレンは聖職者としての業務を全うできなかった。答えは簡単。フェイルードは自分のたった一人の友達だったから……。

 だが、霊となってからのフェイルードにそんなことを言うのはあまりに癪すぎた。どうして庇ったのかという問いには答えずに、アレンはクラリッサの言う通り今日は雑用依頼でも受けるかと別の張り紙を物色しはじめる。


『しかしいいのか? あの娘、お前と比べても随分霊に対する感度が低いようだ。まだ私の姿も見えないようだったぞ?』

「……」

『あんなのが一人でたちの悪い霊が集まりやすい病院跡地などに行って、果たして無事に済むかどうか……』

「そうかもしれないけど、跡地の場所を見る前に破られちまったからどうにもできねえよ」

『私は見ていたぞ。そしてちゃあんと覚えている。だけどあれか。おまえは今日は私の力を借りずに一人でやるのだっけ。そうだな。それもよかろう』

「……」

『あの娘。死ぬかもなあ。お前が意地を張ってるせいで……』

「……ぐぐ」

『かわいそうになあ~、まだあんなに若いのに、お前のせいで』

「わかったよ! 降参だ! 病院の場所を教えろよ!!」


 ギルドの真ん中で突然大声をあげたアレンに周りがざわめいたが、大声の主がアレンだと気が付くとすぐにいつも通りに戻った。


「何かと思ったが、異端除霊師アレンか」

「本当にあいつ、頭おかしいよな」


 冒険者たちの後ろ指が背中に刺さるのを感じながら、アレンはクラリッサの後を追って廃病院に向かうのだった。

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