秋の夜長に

悠犬

虫の声

 秋の虫が鳴いております。


 かなかな、くつくつ。


 綺麗な声ですね。これが松虫なのか、轡虫なのか、私には、とても判別がつきそうもございませんが。


 りんりんりんりん。


 まぁ、この音色は知っております。この悲しい音色は鈴虫。

 そういえば、貴方のお家にも鈴虫がおりましたね。このくらいの季節になると、小さな籠の中で、大きな羽を震わせていたのを憶えております。

 私、それがあまり好きではございませんでした。

 あんなに小さな籠の中で、あんなに儚い声を響かせるんですもの。そんなの、まるで……。

 いやですね、こんなにしんみりしちゃって。

 本当に、馬鹿みたい。


 あら、カーテンが揺れております。風が吹いてきました。涼しい。胸をちくちく刺すようです。


 ところで、貴方は夏と秋、どちらがお好きでございましたか? 私はどちらも嫌い。夏はじめじめとしていて、息が苦しいんですもの。秋だって、このからっと乾いた空気が心を寂しくしてしまう。こんなのを好きになるなんて難しいでしょう?

 けれど、夏も秋も否応なく巡ってきてしまいます。何度も、何度も。


 季節は籠です。私を取り囲む籠なのです。そうして私は差し詰め鈴虫。小さな声で必死に鳴いているのです。そうして弱って、最後は羽ももげて……。貴方は、私の嘆きを聴いておられるのでしょうか。耳をすましてください。きっと聴こえますから。

 ああ、貴方に会いたい……。


 秋の夜は寂しくなります。虫たちの声のせいでしょうか。胸に沁みる風の冷たさのせいでしょうか。

 なんだか眩しいですね。カーテンが白んでおります。


 まぁ、綺麗なお月様。大きくてまんまる。黄金色に輝いているわ。

 あら、よく見るとほんの少し欠けておりますね。ほら、あそこ、右の端の方。

 私、欠けた月って好き。これからだんだんと満ちていくのだと思うと、胸が躍ってしまうのです。ああ、楽しみ。本当に楽しみ。

 私はこんなによい月を一人で見て寝るのです。

 いえ、一人ではございません。貴方もきっと、同じ月を見ておられるはずです。きっと……。


 窓を開け放していたら冷えちゃった。閉めちゃいましょうか。

 そろそろ長袖を着ても良い頃合いですね。貴方もお風邪など召されませんように。さようなら。

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秋の夜長に 悠犬 @Mahmud

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