ゴキブリ【1分で読める創作小説2025】

金借 行(かねかり こう)

ゴキブリ

 コンビニの店先で店員が何かを踏みつけていた。ここからでは陰になっていて何を踏みつけているのかは確認できず、店員の表情も前髪に隠れて見えない。


 店員は何度も、何度も、必要に何かを踏みつけて最後にぐりぐりとすり潰すようにした後にくるりと背を向けて店に戻ろうとしたので私はそれを確認しようと早足で近づいた。


 ゴキブリだった。ぺちゃんこに潰れ、体液で地を濡らし、羽も足も体から離れておりそれをゴキブリと認識できたのは見知った不快感のためなのか原型はもはや留めていない。


「あの」


「え?あ、はい。なんでしょうか」


「どうしてこんなにするんですか?」


「えっと……何のことでしょう?」


「ゴキブリですよ」


「あー、ゴキブリですか。今ほうき持ってきて片付けるので少々お待ちいただいてもよろしいですか?」


「そうじゃなくて。なんであんな甚振いたぶるように殺したんですか?何度も何度も踏みつけて。可哀そうだとは思わないんですか?」


 自分でも何故かは分からない。本当に可哀そうだと思ったわけでもないのに店員が行った行為が酷く残虐に思えてそれに怒りを感じて我慢ならなかった。


「は。あー、えっと。すみ、ああいえ。申し訳ございませんでした」


 店員は一瞬驚いた顔をしたがすぐに深々と頭を下げて私に謝罪した。


「いえ、別に謝ってほしいわけじゃなくて。どうしてか聞いているんですけど」


 私の追及にどうしようかと少し考えるような素振りを見せた後、店員は仕方ないという顔をして話始めた。


「いえね、こんなこと初対面の人に話すことでもないのかもしれないんですけど、少し前に祖母が亡くなったんです」


「え?そ、そうですか。それはお気の毒に」


「それでですね。祖母の死因なんですけど、眠っている時に口の中にゴキブリが入ってしまったらしくて、それをのどに詰まらせて窒息してしまったらしいんですよ。自分は小さい頃おばあちゃん子だったものでとてもショックだったんですけど、それがあってからゴキブリを見かけるとどうしてもあの時の怒りというか、憤りのようなものを思い出してしまって。不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。次からは気を付けます」


 言い終えてまた深々と頭を下げる店員にかける言葉が見つからなくて私は呆然としてしまった。事情も知らずに他人のトラウマにズケズケと土足で入り込んで。間違っていたのは私の方ではないか。


「あの、こちらこそ申し訳ございませんでした。事情も知らずに責めるようなことを言ってしまって。あの、それじゃ」


 こんなことをしてこの店で買い物なんて気まずくてできないと思い、とりあえずの謝罪だけしてこの場を後にしようと歩き出そうとした時、店員が口を開いた。


「あの気になさらないでください」


「さっきの話、全部ウソですから」


 驚いて顔を見ると、店員は笑っていた。


 私は怖くて逃げるように走り出した。



 家に着き走って乾いた喉を潤そうと冷蔵庫から水を取り出し喉を鳴らす。緊張と恐怖で鳴る鼓動を鎮めようと深呼吸しているとふと視界の端で何かが動いたような気がしてそちらを見やる。


 そこにはゴキブリがいた。


 

 何度も、何度も。


 私はそれを踏みつけた。

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