訪問者
穂摘すずめ
訪問者
私が九つのときのことだ。長期休みか何かで久方ぶりに祖父母の家を訪れた。その日は普段遊んでくれる従姉が不在で、仕方なくひとりで遊んでいた。家の前で棒きれを片手に地面に絵を描いていると、「すみません」と、声をかけられた。
「なぁに」
怖いもの知らずというか、警戒心のなかった私はその声に返事をして顔を上げた。そこにいたのは、ずいぶんと背の高いスーツを着た「真っ黒な」という言葉が似合う男が立っていた。
「清水さんの家はこちらですか」
男は祖父母の家の玄関を指さして言った。
「ちがうよ」
「それは失礼しました」
私の返答に男はぺこりと会釈をすると、十字路に向かって歩いて行った。棒切れを握り直したところで、清水さんが近所の大きな犬のいる家だと思い出した私は、男を案内してあげようと後を追うように十字路に向かった。しかし十字路の右を見ても左を見ても、もちろん前にも男の姿はなく、足の速い人だったんだな。と、不思議に思いながら家の前に戻った。
その日の夜、祖父母の家の近所で火事があったとかで、母親が無事を確かめる電話をかけていたのをぼんやりと覚えている。
次に会ったのは、私が十五のときのことだ。その日は部活が休みで、時間があるならちょうどいい。と、叔母の家で採れた野菜をおすそ分けしてもらいに学校帰りに叔母の家を訪ねた。チャイムを押しても応答がなかったため、電話をかけようと鞄の中を探していると、「すみません」と、声をかけられた。顔を上げると、どこか見覚えがあるような、しかし知らないはずの女性が立っていた。
「二階堂さんのお宅でしょうか」
女性は叔母の家の玄関を指さして言った。
「いえ、違います」
「あら、ごめんなさいね」
二階堂さんなら、と言いかけたところで電話が鳴った。電話に気を取られたほんの一瞬、目を離した間に女性の姿はなく、そこでふと、既視感の正体が「真っ黒な」ワンピースであることだと気が付いた。
翌朝の新聞で、叔母の家の近くで交通事故があったことを知った。
三度目に会ったのはついこの前、二十一になってすぐのことだ。家に入ろうとしたところで「すみません」と、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには、やはり「真っ黒な」喪服に身を包んだ老人がいた。
「蒲生さんの家はここかね」
老人は家の玄関を指さして言った。
「いえ、……違います」
「こりゃ失敬」
嘘を吐いた。いや、正確には嘘であり真実だ。現在の私の名字は母方の性の水上だが、先月に両親が離婚するまでは父方の性の蒲生だった。つまりこの家も父が出ていくまでは「蒲生さんの家」だったのだ。老人はいままでのように気が付けば姿を消していたが、どこかで見られているような気がして玄関のドアノブを握る手が震えた。
アレはまた「真っ黒な」姿で訪ねてくるのだろうか。その指が指す先が、私の家でないことを願う。
訪問者 穂摘すずめ @hodumisuzume
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