門の向こうへ

「……で、タケ。もう一度聞くけど、それ、どこから出したんだよ。ポケットに入るサイズじゃねえだろ、どう見ても」


ジュンが呆れたように言うと、タケは巻物状の石板を撫でながら答える。


「この世界は常識の外にある世界だ。つまり、俺のポケットも常識を超えた仕様になったということだ」


「いや、便利だけどなんか地味な超え方なにそれ! 俺のポケットには汗で湿ったハンカチしか入ってねえぞ!」


「なんかリアルでいやだな、それ……」


ゴローは言いながら門の前に立つ。門には複雑な文様が刻まれており、中央には円形のくぼみがある。


「つうかこれ、鍵穴か? それとも……なんかのスイッチ?」


「ふむ……この文様、見覚えがあるぞ。古代シュメール文明の……いや、違う。これはもっと……抽象的だ」


タケが石板を門にかざすと、文様が淡く光り始めた。


「おおっ!? なんか反応してるぞ!」


「ちょっと待て! 開くのか!? 開いちゃうのか!?」


ジュンが慌てて後ずさるが、門はゆっくりと、重々しく開き始めた。石が擦れる音が静寂を破り、三人は思わず息を呑む。


「……開いたな」


「ああ、開いちまったな……」


「開けちまったな……」


三人は顔を見合わせ、そして同時に笑った。


「よし。では行くか」


「えぇ……いやぁ……これはもう、行くしかないのかぁ……?」


「行くに決まってるだろ。こんなとこ居たってしょうがねえしよ」


門の向こうには、広大な草原が広がっていた。空は紫がかった青で、地平線には浮遊する島のようなものが見える。風は涼しく、どこか懐かしい匂いがした。


「どうなってんのこれ?……こっちは夜じゃねえの? いったいなんだここ。ゲームの世界?」


「うむ。現実じゃないのは確かだ。でも、夢にしては鮮明過ぎる」


「ま、こまけえことはいいだろ。まずは探索だ。あの浮いてる島とか気になるな」


「いやいや、まずは水と食料だろ! 俺ら、缶コーヒーしか持ってねえぞ!」


「それも異世界仕様になってるかもしれんぞ。飲んだら体力回復するとか」


「そうか。なら、俺は少しの間無敵になる効力が欲しいな。昔ほどは元気がねえからよ」


三人が笑いながら、草原へと足を踏み出した、その時。遠くの空に何かが浮かんでいるのが見えた。


「ん?……なにあれ?」


「人か? いや、違う。翼がある……」


「ガッ〇ャマンだ」


「いや、古いなお前っ。それ言って分かる人間、もうかなり死後の世界行ってるの知ってる?」


「だろうな。正直、俺でもギリだ」


空に浮かぶ巨大な影は、ゆっくりとこちらに向かっていた。


「あーやばいやばい。とりあえず逃げよう!」


「いや、戦うべきではないか?」


「いや、これは流石に隠れて様子見るべきじゃねえか? 武器も魔法もねえし、そもそも、俺ら戦えんのかもわかんねえし。レベル1でもねえぞ」


三人が慌てて近くの岩陰に身を潜めると、巨大な影は特に気にするでもなく去っていった。


「……行った、な?」


「そのようだな。まあ、そもそも俺たちの事を気にしてるようでもなかったが」


「あれ、なんだったんだろうな? えらいでかいってことだけは分かったが、デカすぎる分、雲に隠れてやがったから何もわからなかったぜ」




三人は空を飛ぶ大きな生き物の正体の目星はついているが、誰も言葉にしなかった。




口にした途端、実感がその身を襲い、そこから動けなくなると思ったから。






そして、暫くした後、草原を抜け、三人は森の入り口に差し掛かっていた。


木々は高く、葉は青緑というよりも、どこか青白く光っていて、風が吹くたびに、葉がささやくような音を立てる。




「んー……森だ。見るからに森って感じの森だな……。俺、何やってんだろ」


「ジュン。いい加減諦めろ。お前が今居るのは異世界だ。悩むな。感じろ」


「おぉ、そういや、あれだよなぁ。俺が雇ってる若いやつらのもそうだったけど、今、異世界のアニメだとか漫画が流行ってるんだろ? それがなんで、若い奴ら差し置いてよぉ、俺らみたいなおっさんが異世界とかいう所に来ちまったんだろうな」


「ほんとだよ。……俺なんかただの社畜営業のおっさんだぞ?」


「それ言うなら、俺もただの高校教師だ。生徒に好かれてない方のな」


「自分で言うのかよそれ。……まあ、俺もただの町工場の薄汚れた小太り髭だるまだけどよ」


暫し押し黙り視線を下げた三人だったが、同時に何かに気づいたように顔を上げる。


「こっちでは上手くいったりなんかして……なんてことあったりして……なんて、ない、かな……?」


「うむ。大いにあるだろう。なにせ、俺たちが知らない世界ということは、逆に言うと、この世界の住人もこれまでの俺たちを知らないわけだ。まあ、住人が居たらの話だがな」


「流石に住人は居るんじゃねえのか? いや、というかよ、お前ら仮に元の世界より上手くいったとして、何望む?」


「え?なにって、それは……あれ?なんだろう?」


「だろ?そうなるだろ?俺もガキの頃に思い描いた冒険にワクワクしたもんだけどよ、何か望むってなると……いや、駄目だ。マジでなんもねえ」


「ふっ。青いな」


「いや、青くはねえ。絶対。むしろ茶色いんだ。枯れてんだよ。欲がねえ」


「なんか余裕ぶってるけど、タカは望みとかあるのか?」


「俺はある。まだ見ぬ知らぬ歴史を知るという欲望がな」


「あーつまねぇ。そりゃ生徒からつまんねえセンコーだと思われる訳だな。いやーつまんね」


「ほんとだよな。欲望ってなんか違うし。そういうんじゃないんだよな」

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