Suns Higt

K.Dameo'n'AI

空、割れる

真夏の昼下がり。頭上から降り注ぐ太陽の熱は、地面に向けて容赦なくその存在感を誇示している。舗道は陽炎に揺らめき、アスファルトの隙間からは草さえ顔を出すのを諦めたかのようだ。

蝉ですら活動を止め、ただただ暑さに飲み込まれた公園は、静寂が支配していた。



滑り台の表面は太陽光を浴びて灼熱に達し、その金属の輝きがまるで刃のように光り、ブランコの鎖は、触れれば火傷しそうなほど赤く焼け、鎖の一つ一つがきしむ音を立てながら、風に弱々しく揺れている。



その中で、唯一の生命感が宿るのは、木陰のベンチだ。そこには三人の初老の男たちが並んで腰掛け、冷えた缶コーヒーを手にしながら、時間と暑さをやり過ごしている。



「この公園、随分と綺麗になったな」

タケが、手の中で水滴を纏う缶コーヒーを傾けながら、ぽつりと口を開いた。



「綺麗でも、子供は遊びにゃ来ねえってな」

ジュンは遠くに目を向け、眉間にしわを寄せた。

視線の先には、無人の砂場や、草の茂り始めを感じさせる滑り台がぼんやりと広がっている。



「そりゃ、こんだけ暑けりゃなあ……元気が取り柄とはいってもガキンチョも溶けちまうだろ。今年もやっぱり言ってたぜ、去年より暑いって」

ゴローが煙草を口にくわえながら火を灯した。火が一瞬、暑さの中でより鮮やかに映る。



「意外だな。ゴローなら『最近のガキンチョどもは根性ねえ』なんて言うと思ったんだが」



「いやぁ、ねえよ。……んまぁ、それこそ、ちょっと昔はそんなこと思ったもんだがよ、今なんか俺らがガキだった頃より便利なもんが溢れてんだぜ?服に着ける扇風機みたいなもんとか、スプレーしたら涼しくなったりよ。それでも暑さの方も年々強くなってやがる。無理はできねえよ、もう」



「確かにそうだなぁ。んー……やっぱ、ゴローはあれか。工場やってて従業員も居るから余計そう思うのもあるんだろな。俺なんかは社会の歩兵みたいなもんだから、上によっては俺ですら引いてしまうくらい未だ昭和のノリだ」



「俺は今こそ昭和のノリ復活もいいと思うがな。最近のガキはシリカゲルのように乾燥している」



「あー……タケはそうか。高校の教師とか、まさに今どきの若者相手にしてんだもんな」



三人がそれぞれの現状と世間の今を考え、暫し黙り込んだ時だった。



心地よい風が吹き抜け、木々の葉がざわめいた。 その瞬間、空が——割れた。



「あぁ?……ゲリラ豪雨か?」

ゴローの言葉にタケとジュンは共に空を見上げた。

雷のような白い光が走り、轟音が響くかと思いきや、音は静かに、しかし確実に世界を崩していく。



「は?え?なに……?」

「空が……割れてる……?」

「やな音だな……」



ガラスが割れるような音が響き渡る。 まるで世界が一枚のガラスだったかのように、静かに、しかし確実に崩れていく。



そして次に目を開けたとき、三人は見知らぬ場所に立っていた。


「……え? 夜?」

ジュンが、ぽつりと呟く。

「うむ。先ほどまで昼間だった筈だが……」

タケは眉をひそめ、顎に手をやる。

「どうなってんだ? ……ていうか星、すげえな。満天ってやつか? やたら綺麗だな、おい」

ゴローは空を見上げ、柄にもなく星空に感動していた。



「ふっ……。お前のほうが綺麗だ……なんて、言っておくか」

「……おっさんしか居ない中でなんてこと言ってんだ、お前。やめろよ」

ポケットに手を突っ込みキザを装ってそんなことをいうタケの肩をジュンは軽く叩く。



「いやぁ、これぁ……すげえな……」

星々はまるで呼吸するように瞬き、風は肌を撫でるように優しい。 そんな居心地は良く広がる美しい景色に見とれていたゴローだったが―――。



「あ?……なんだあれ?」

空から目を外すと同時に何かを見つけ声を上げる。

「……む? あれは……」

続けてタケも目を細め視線を向ける。  

「えっ? なに? どれ……うぉお、あれ!? なにぃ、あれっ!?」

ジュンも驚きの声を上げたが、すかさずタケが言葉を返す。

「騒ぐな。よく見ろ。あれは巨大な石造りの門だ」  

「いや知ってる! 見たら分かる! 馬鹿にすんな馬鹿! なんであるんだって言ってんだよ!」

ジュンの声が夜空に響き、星々が一瞬、びくっとしたように見えた。



「海外のどっかにある、なんかの古代遺跡みたいだな……」

門は重厚で、古代の威厳を感じさせる造りとなっており、ゴローの興味を凄く引いている。



「それっぽいこと言ってるように聞こえたけど、どっかにあるなんかの遺跡って、全然わかってないじゃないか」

そんなジュンの突っこみにゴローは「ああ。なんもわかんね」と返すと、一歩踏み出し振り返り―――。



「よし、じゃ行ってみるか」

そう言うとゴローはズンズンと前に進んでいく。

「おいおい、待て待てっ! 迂闊っ。それTHE迂闊だから!」

危機感ゼロのゴローをジュンが慌てて止めに入ったのだが、今度は背後からタケの声する。



「うん。門は語ってるようだ。見ろ、この石の質感。これは……古代文明の象徴だ」

タケが門を撫でながら、どこか陶酔したように語る。



「うおーーい!お前なんで近づいてんの!話聞いてた!?」

ジュンの言葉は聞こえておらずタケはただただ石の門を色んな角度から眺め触り興奮している。



「素晴らしい。素晴らしいぞこれはっ」

「ちょっ、んで、なんでちょっと興奮してんのー!」

タケの興奮具合に危険を感じたジュンはゴローと共にタケのもとへ急いで向かう。


「いや、でもよ……なんか、俺もワクワクしてんだよな。昔読んだ冒険漫画みてえでさ。勇者が剣持って魔王倒すみたいなやつ。ああいうの大好きだった」

興奮しているのはタケだけではなかったようで、ゴローもワクワクを抑えられないといった感じで 門を見上げ、その目は少年のような輝きがあった。


「そうだろうそうだろ!ゴローの気持ちは凄まじく分かる!何を隠そう俺も興奮を隠しきれん」

「いや、うるさいよお前!ちょっと気持ち悪いぞ!」

「ああ、気持ち悪くて結構だ!こんな経験二度とないのだからな!」

「あーあー……駄目だこりゃ。……たく、なんで活き活きできんのか俺はわからんよ。一応、嫁子供居るいいおっさんが何故か変な所来てしまって……帰れるかもわからんってのに」

「む、言ってなかったか? 嫁は出て行った。知らぬ男と共にな。ハーッハッハッハ」

タケは笑いながら、まるで天気の話でもするかのように軽々とジュンとゴローが知らなかった事実を言い放つ。

「えっ!? うっそ、聞いてないぞ!」

「俺も初耳だ。お前いつだそれ」

ジュンとゴローが問い詰めようとするが、タケは何かを見つけたようにしゃがみ込むと声を上げる。



「おおっ!これはアンモナイトじゃないのか!? なんだこの緑輝き!」

光り輝く両手サイズのアンモナイトを色んな角度から眺め興奮するタケをジュンとゴローは無表情で見つめる。



「聞かなくても、なんかわかるわ。……嫁さんの気持ち。むしろよくもったほう?」

「かもしんねえな。あいつ見てると、俺も多分迷惑掛けちまってるが、あいつよりは嫁を大事にしようなんて心に決めれそうだぜ」


「よし、ではこれから異世界で新たな人生を始謳歌するか。……まずは、この門、これの解読からだ」

タケが巻物のような石板をポケットから取り出すと、さも当然といった感じで読み始めたのを見て、ジュンは叫び声を上げる。



「いや、ちょっと待てお前! それ、どこから出してんだよ! っていうかいつ拾ったんだよ!!」




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