シールド

K.Dameo'n'AI

牙の章

牙の向く先

──夜の帳が降りたルーセ村。 広場には血の匂いが漂っていた。 倒れた老人の傍らには、巨大な牙痕と引き裂かれた肉。 そのすぐ近くには、銀白の毛並みを持つ四足歩行の魔物であるナイトファングの亡骸が横たわり、そして、その傍らに、もう一体の魔物がいた。 灰と白が混じる柔らかな毛並み。 まだ成獣になりきれていない細身の体。 その瞳――赤と銀のオッドアイには、怯えと混乱が色濃く滲んでいた。 その体は、亡骸に寄り添い、守られていた記憶を手放せずにいるかのように丸まっていた。


第一発見者は、薬師の補佐ヴァルド・グレイム。 彼は右腕に深い裂傷を負っており、「魔物に襲われた」と証言していた。 村人たちはその言葉を信じ、魔物への恐怖を募らせる。

「……魔物だ! この魔物がやったんだ!」

誰かの叫びが、恐怖と怒りを煽った。

「すぐに処分を! 次は誰が殺されるか分からん!」

群衆のざわめきの中、ひときわ静かな声が響いてくる。

「ナイトファングを捕獲。村人の安全を最優先して」

声の主は、王宮特別捜査隊隊長――リルヴェット・クローディア。 銀灰色の髪をきっちり束ね、鋭い眼差しを持つ若き指揮官。 冷静沈着で理論を重んじる彼女は、秩序の象徴として王都から派遣されていた。 その瞳は、感情を排し魔物を見据えている。

「…………」

そして、その背後には沈黙のまま現場を見つめている人物がいた。 リーン・アークライト――かつて“英雄”と讃えられ、今は“罪人”として王宮の監視下にある男。整った顔立ちと落ち着いた所作は、どこか場違いなほど品があり、その瞳には、過去の選択と痛みを背負った者だけが持つ静かな光が宿っていた。 血痕の形、牙痕の角度、魔物の足跡――彼の視線は、まるで過去をなぞるように動く。

「……違うな。これは“演出”だ」

リルが振り返る。

「演出……?」

リーンは答えず、ただ一言だけ呟いた。

「ああ。犯人は、別にいる」










──事件発生から一時間後。

リルとリーンは、村の薬師の家を訪れていた。

第一発見者であるヴァルド・グレイムは、薬師の補佐として村に滞在している人物。

彼は応接室で二人を迎え、丁寧に頭を下げた。

「ご足労いただき恐縮です。事件について、私に分かることがあれば何でも」

リルは椅子に腰を下ろし、端末を開いたまま静かに問いかける。

「発見した時の状況を詳しく教えていただいてよろしいですか」

ヴァルドは頷き、言葉を選ぶように話し始めた。

「あれは仕事を終えて家へ帰る途中でした。広場に差し掛かった際、獣の鳴き声のようなものが聞こえて視線を向けると、被害者の老人――ブランドンさんと、親子と思われるナイトファングが向かい合っておりました」

リーンが視線を向ける。

「その、ブランドンさん? その方はナイトファングへ何か危害を加えた様子でしたか?」

ヴァルドは右腕を見せる。包帯が巻かれているが、血が滲んでいた。

「ええ。駆けつけた私に、ブランドンさんは急に襲ってきたと言い、ケガをしつつも木の棒をナイトファングへ向けていました。……私のケガも、その時に親である白いナイトファングに噛まれたものです」

リルが端末に記録を打ち込みながら、目を細める。

「子を守ろうとしたということでしょうか?」

ヴァルドは少しだけ笑みを浮かべた。

「どうでしょう。魔物にそんな心があるようには、私は思えません。……ただ危険な存在でしかないかと」

リーンはその言葉に、わずかに眉を動かした。

「……子を守る心ってのは、何も人間だけのものじゃないと思うが?」

ヴァルドは肩をすくめる。

「確かに、理としては生き物すべてにあるのかもしれませんが……だからといって魔物にも生きる権利があるとは、私には思えませんな。人に害をなすゴミとしか思えません」

「っ…………!」

リーンがヴァルドの言葉に身を乗り出したのを、リルが素早く制止する。

そして、静かに言葉を継いだ。

「貴重なご証言ありがとうございます。一目見て魔物の仕業と分かっていても、私たちは捜査を行う必要があります。なので、またお話を伺うことがあるかと思いますが、その時はよろしくお願いいたします」

ヴァルドは依然笑みを絶やさずに言う。

「構いませんよ。いつお越しいただいても、力にならせていただきます」

リーンは立ち上がりながら、低い声でヴァルドへと目を合わせて言う。

「……それはよかった。また必ず会うことになるだろうさ」

リーンのその言葉に、ヴァルドはただ微笑みだけを返していた。


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