第18話 交差する魔法

 夕暮れの工房街。

 整備された広場では、工房組の若手――リリィやリオナたちが、大規模クランから出張してきた訓練班と肩を並べていた。

 瓦礫の残る街角に、掛け声と足音が規則正しく響き渡る。


「盾列を組むときは、掛け声を合わせろ!」

「前衛が崩れたら、後衛は二歩下がるんじゃなくて横に展開だ!」


 鋭い指導役の声が飛び、十人以上の冒険者が一糸乱れぬ動きで盾を構え、前へと進み出る。その姿に、リリィは思わず息を呑んだ。胸の奥が高鳴り、指先に握る杖がかすかに震える。


「すごい……こんなに揃って動けるんだ……」


 彼女の横でリオナも同じように感嘆の息を漏らし、頷いた。

 これまでソロや小規模パーティで活動してきた彼女たちにとって、組織的な戦術など未知の領域だった。

 声を合わせ、列を保ち、誰かが倒れれば即座に補う――まるでひとつの生命体のようにうねる大規模クランの連携は、若手たちに鮮烈な衝撃を与えていた。


「私たちも……もっと連携を学ばなきゃ」


 リリィが小さく決意を口にすると、リオナも力強く頷く。

 一方、クラン側の若手も感心していた。


「お前ら、魔力の流し方が上手いな。回復の連携が自然だ」

「いや、まだまだだよ。でも、こうやって一緒にやれば勉強になる」


 互いに年も近く、打ち解けるのは早かった。

 気づけば肩を叩き合い、休憩の合間に戦術談義に花を咲かせる。緊張に満ちた模擬戦場が、次第に明るい笑いで満たされていく。


 少し離れた場所からその光景を眺めていたセレスは、口元に静かな笑みを浮かべた。


「……こういうところは、クランに学ぶべきだね」


 隣のアルディスも腕を組み、深く頷く。


「若い芽にこそ、集団で動く力を身につけてもらわないといかんしな」


 ――大人たちが裏で繋がりを保ち、表では競い合う。

 その狭間で、リリィたち若手は互いに学び合いながら成長していくのだった。


「次は戦列を崩しにかかる! 支援組は回復と詠唱を合わせろ!」


 号令が広場に響き渡る。

 リリィは深呼吸をひとつし、杖を握り直した。


 ――その瞬間、前衛がわざと戦列を崩した。

 大柄な戦士が斧を振りかぶり、真っ直ぐにリリィへ突進してくる。


「……っ!」


 慌てて詠唱を始めたが、間に合わない。

 リリィは咄嗟に身を翻し、崩れかけた戦列の隙間に飛び込んだ。心臓が耳を打ち、呼吸が荒くなる。


「右に! そっちを支えて!」

「は、はいっ!」


 叫びに応じ、傷ついた仲間へ光の魔法を流し込む。

 彼女の判断は遅れたが――戦列は保たれた。

 胸を締め付ける失敗感と、それでも役目を果たせた安堵が同時に押し寄せ、リリィの目に涙が滲む。


 模擬戦が終わる頃には、リリィは肩で大きく息をしていた。

 その姿を見たクランの若手が、にやりと笑う。


「悪くなかったよ。お前、動きが柔軟だな」

「そ、そんな……まだ全然です」

「でも、俺たちにもできない反応だった。センスあるぞ」


 思いがけない称賛に、リリィの頬が熱く染まる。

 照れくささに視線を伏せる少女の姿は、まだあどけない。だが背後から見守るセレスとアルディスの表情は、別の意味で真剣だった。


「……やっぱり、サブクラスがないのは厳しいね」


 セレスが呟くと、アルディスも頷きながら答えた。


「本来なら、支援か戦闘補助のクラスを取って、役割を広げたいところだが……」


 セレスも頷いた。


「でも、サブクラスを取るには1レベルまで戻る必要がある。今それをやるのは無謀だと思う。ゲームのときでさえ250レベルに戻るまで四ヶ月はかかった。現実になった今じゃ、もっと……」


 セレスの声は理性的だったが、その瞳には揺るぎない光が宿っていた。

 彼女はリリィを見つめ、穏やかに微笑む。


「だからこそ工夫するんだ。サブクラスがなくてもやれる方法はある。チーム戦術を学んで補えばいい。回復だけじゃなく、立ち回りそのもので仲間を守れる」


 その言葉は、リリィの胸に小さな灯をともす。

 夕暮れに包まれた工房街の広場で、模擬戦を重ねるたびに――彼女の瞳は確かな光を帯びていった。


***


 街外れに現れたオーガの群れ。

 迎え撃つのは、大規模クランと工房組の合同部隊。若手から熟練まで、二十名以上が広場を覆うように布陣していた。


「前衛、盾列! 後衛、魔法支援!」


 鋭い号令が響き、盾を構えた前衛たちが一斉に踏み出す。

 その後ろで杖を握るリリィは、喉がからからに乾き、緊張に唇を噛んだ。

 頭では理解している――これは模擬戦ではない。本物の“戦い”だ。


 そして、敵が突進してきた瞬間。

 隣にいた大規模クランの若手魔法師が叫んだ。


「リリィ! 回復してくれ!」


「え……!」


 考えるよりも先に体が動いた。

 リリィは杖を掲げ、詠唱を紡ぐ。

 その瞬間、まるで呼吸を合わせるかのように、隣の魔法師も火球を放っていた。


 ――そして奇跡が起きた。


 放たれた火球はただの炎ではなく、癒しの光を纏った“浄火”へと変貌した。

 赤熱の奔流はオーガの黒い皮膚を焼き尽くしていた。

 敵の再生力を抑え込む――ゲームでは見たことのない、まったく新しい現象だった。


「……なにこれ、俺の魔法が変わった……!?」


「私の回復と……混ざったの?」


 互いに目を見開き、驚き合う二人。

 怒号と歓声が交錯する戦場で、リリィは震える手で杖を握り直した。


(……そうか。ゲームじゃ“個別処理”だったスキルも、今は“現実”……!)


 その気づきは、胸の奥で小さな火種のように輝きを放った。


 他者と繋がることで、自分の役割を切り拓ける。

 そこには、現実となった魔法の新たな可能性が広がっていた。


 ――オーガ戦から数日後。


 リリィたちは、小規模な訓練を繰り返していた。

 あの日の奇跡が偶然か、それとも再現可能なのか――確かめる必要があったからだ。


「よし、今度は俺の【風刃】に【治癒】をかけてみてくれ」

「分かりました……!」


 リリィが治癒の魔力を刃に重ねた瞬間、鋭い風の刃は淡く光を帯びた。

 切り裂いた傷口からは血が噴き出さず、まるで“切ると同時に塞ぐ”かのように肉が閉じていく。


「……これは……!」


「攻撃しながら治癒してる……? なんだこれ……意味あるのか?」


 仲間たちは口々に驚きを漏らす。

 攻撃と回復が同時に働く、あり得ない現象。

 リリィは震える手を見下ろし、息を呑んだ。


「次は私にやらせて。【火矢】を撃つから、リリィはそこに【防護障壁】を重ねて!」


「う、うん!」


 魔法が放たれ、リリィの障壁がそれを包み込む。

 ――結果、炎は散らずに収束し、矢は光の槍のように直進した。

 射程も貫通力も、通常の二倍近くに跳ね上がっている。


「こ、これは……【火矢】の軌道を【防護障壁】が“導いた”のか……?」


「まるで誘導兵器みたいだ……!」


 ざわめく仲間たちの中で、セレスが静かに呟いた。


「これが……“現実化”の本質かもしれない。ゲームでは計算式で分離されていた力が、今は互いに干渉している」


 アルディスも重々しく頷く。


「――完全に新しい相乗効果だな」


 その言葉を境に、噂は拠点全体へと広がった。

 冒険者たちは「誰と誰を組ませれば、新しい効果が生まれるのか」と夢中で実験を始める。


 鍛冶師が【火槌】を振るい、魔法師が雷撃を重ねて武具に電撃を宿す。

 狩人の【罠設置】と魔導士の【幻影】を組み合わせ、敵から完全に見えない罠を作る。


 ゲームでは存在しなかった“現実のスキル相乗”。

 それはやがて工房組の象徴となり、冒険者たちの間に急速に定着していくのだった。

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