第17話 大手クランとの関係

 集会所の骨組みが立ち上がりはじめた頃、街の外から偵察に来た冒険者たちが、思わず足を止めた。


「……おい。見ろよ、あれ」


 視線の先では、倉庫から吐き出されるように材木や鉄材が運び込まれている。

 NPCたちが整列し、荷車を押し、冒険者たちが魔法で補強を施す。


「ちょっと待て……あの量、どこから出してるんだ?」

「馬鹿な、あれは大手クランでも数週間かけて集める規模だぞ……!」


 噂を聞きつけた大規模クランの斥候も、遠目にその光景を凝視していた。


 ――次から次へと溢れ出す資材の山。

 鉄材の山に、薬草を満載した木箱、皮革や布の束、さらには希少鉱石まで。


「まさか……あれ全部、ソロの連中の倉庫から?」


 言葉を失った仲間に、もう一人がかろうじて頷く。


「そういうことだろうな。廃人ソロ集団――ギルドに属さず、それぞれが一人で生き抜くために抱え込んでた資材が、今ここで一斉に解き放たれてるんだ」


 背筋に冷たいものが走る。

 大規模クランが誇る「資材の集中管理」を凌駕する、異常な動員力。


 しかも、その指揮を執っているのは《神工アルディス》と《神滅セレス》。

 築かれつつある建物群は、単なる避難所ではない。

 「城塞」にすらなり得る規模だった。


「……このままじゃ、やばいぞ」

「放っておけば、あいつらが街の中心になる」


 偵察に来た者たちの顔には、恐怖と焦燥が浮かんでいた。


 ――廃人たちの旗が掲げられた瞬間、それは「第三勢力」の誕生であると同時に、既存の秩序を脅かす脅威そのものになりつつあった。


***


 荷車が行き交い、工房街はすでに建設現場のような活気を帯びていた。

 その中心で、ひとりの男がNPC職人と価格交渉をしている。


「釘は一箱で銀貨三枚? 悪くないな。だが、まとめて十箱なら二割は負けてもらおう」


 年季の入った声。

 冒険者ではあるが、どこか商人めいた落ち着きが漂っていた。

 NPCは一瞬戸惑い――やがて頷き、合意の握手を交わした。


「……すごい。あの人、NPC相手に普通に値切ってる……!」

 リリィが驚きの声を漏らす。


 セレスはくすりと笑った。

「ソロには、社会人が多いんだよ。世間で揉まれてきてる分、こういう交渉や駆け引きに強い」


 実際、彼らの動きは妙に現実的だった。

 物資の管理表を即席で作り、在庫と需要をまとめて記録する者。

 運搬ルートを効率的に仕切り、NPCの労力を無駄にしないよう割り振る者。

 集会所の設計に「避難経路」「物資倉庫」「警備配置」を盛り込み、まるで災害対策本部のように計画を立てる者。


 若さと勢いで突っ走る大規模クランにはない、“現実を知る大人”の手際だった。


「……これ、本当にギルドより早く、街を立て直せるかもしれない」


 誰かがぽつりと呟いた。


 工房街の拠点は、驚くほどの速度で形を変えていった。

 ソロ廃人たちが倉庫から資材を放出し、NPCが荷を運び、社会人経験を持つ者が采配を振るう。

 まるで「現実の街づくり」のような進行に、見学に来た冒険者たちは目を見張った。


 一方で、大規模クランの会議室。


「第3勢力……いや、“工房街連合”とでも呼ぶべきか。あいつらの動き速すぎないか?」

「資材の量も異常だが……問題はその中身だ」


 幹部のひとりが資料を叩きつける。

 記されたのは、ソロ勢のプレイヤー名と簡単な素性調査。


「……どいつもこいつも年齢層が高い」


 そこにいた若手幹部たちは、思わず顔を見合わせた。

 自分たち大規模クランが大学生や二十代前半を中心にしているのに対し、第3勢力に集まったソロ勢は三十代、四十代がざら。

 それぞれが社会人としての経験を持ち込み、動きに“妙な大人の落ち着き”を与えていた。


「そりゃあ交渉もうまいし、計画も堅実になるわけだ」

「俺たちが勢いで突っ走る間に、あいつらは着実に仕組みを作る……」


 若手幹部の声に、会議室は重苦しい沈黙に包まれる。


 その中で、ただ一人落ち着いた様子の男がいた。

 四十代半ばの、クラン内でも古参の一人。


「……若者連中には分からないかもしれんがな。ああいう面倒見が良いタイプの“大人”が集団を率いると、とにかく安定するんだ。若手が自然と学んでるのも大きいのかもな」


 彼は苦笑を浮かべ、肩をすくめた。

 ――そして実際、クラン内でもその男に相談を持ちかける若者は絶えなかった。


 大規模クランの中で、年嵩の社会人プレイヤーは「保護者役」として存在感を増していく。だが同時に彼ら自身も、第3勢力に芽生えつつある安定感には脅威も覚えていた。


「資材、戦力、社会的な経験。全部揃った連中を放置すれば、街の主導権を握られるかもしれない」

「けど……なんだかんだでプレイヤー仲間同士で正面からぶつかるのは得策と思えない」


 会議室に不安が漂う。

 若さと勢いで突っ走る自分たちと、世間慣れした“大人の集団”。

 その対比は、誰の目にも鮮明になりつつあった。


 そんな中、渦中の勢力から打診があった。


***


 工房街に立ち上がった集会所は、昼夜を問わず人の出入りで賑わっていた。

 ただの資材庫や宿舎ではない。そこでは、冒険者同士の相談や勉強会すら開かれていた。


「効率的な物資の配分はな――人数ごとに必要量を割り出して、余剰は共同倉庫へ。……ほら、この表を見ろ」


 机の上に広げられたのは、社会人ソロ勢が即席で作った資材管理表だった。

 列には「鉄材」「薬草」「皮革」といった項目が並び、横軸には一日の消費量、在庫量、補充予定日が書き込まれている。


「これ……会計システムみたい」

「正確にはロジスティクス管理表だな」


 大規模クランから派遣されてきた若手が感嘆の声を上げる。

 彼らは勢いで狩場を制圧することは得意だが、資材の在庫や人員管理はどうしても疎かになりがちだった。


 そこで“世間慣れしたソロ勢”が、惜しげもなくノウハウを提供していく。


「装備修繕のサイクルは、最低でも一週間単位で組むんだ。行き当たりばったりじゃ破綻する」

「戦闘班だけでなく、後方支援の食事や寝床も考えろ。倒れるのは案外そっちが先だ」

「新人には小隊単位で必ず面倒を見る上級者をつけろ。放置すると事故が増える」


 若手クラン員たちは目を輝かせ、必死にメモを取る。

 まるで学校の授業のような光景に、リリィは小さく笑った。


「……なんだか、第三勢力というより、学校みたい」


 セレスも頷く。


「いいんだ。知識を独占しても、どうせいつかは漏れるし街全体が崩れたらそれこそ意味がない。大規模クランが秩序を維持してくれた方が、こちらも動きやすいからね」


 こうして、廃人ソロ勢の持つ「現実的なノウハウ」は、大規模クランにまで波及していった。敵対するどころか、むしろ「教える」「面倒を見る」ことで街全体を底上げしていく――それこそが、彼ら“大人のプレイヤー”の流儀だった。


***


 工房街の拠点では、日々建設と訓練が進んでいた。

 一方、大規模クランは街の別区画を押さえ、彼らなりの秩序と補給網を固めていく。


 表向き――二つの勢力は、互いに一歩も譲らない。

 物資の供給、狩場の占有、NPCとの交渉。

 街の中でしばしば摩擦が生まれ、噂は「どちらが優勢か」で持ちきりになった。


「……やっぱり競争してるね。仲良くすればいいのに」


 リリィが心配そうに言うと、セレスは意味深に首を振った。


「そう見えるよね。でも、まとまりすぎれば、かえって警戒される。街全体からも、NPCたちからもね」


 だが――その裏側。


 夜更けの酒場の奥。

 工房街の社会人ソロと、大規模クランの古参社会人メンバーが静かに盃を交わしていた。


「新人の安全管理はどうしてる?」

「小隊ごとに班長を置いてる。ただし教育が追いつかない」

「なら、訓練メニューを渡すよ。うちで回してるやつだ」


 紙片が滑らせるように交換される。

 表では競い合い、裏では必要最低限の情報を融通し合う――それが“大人たち”の暗黙の了解だった。


「対NPCを考えれば、一枚岩にはなるのも少しリスキーだ。……けど、潰し合うつもりもない」

「俺たちが生き残るためには、両方が強くなきゃならん」


 二人は静かに頷き合い、杯を干す。


 翌日には、何事もなかったかのように再び拠点同士の競争が始まる。

 だが、見えないところで細い線が繋がっている――それを知るのは、ごく一部の“大人”だけだった。


 ――大規模クラン《蒼天騎士団》会議室


 重厚な扉が閉じられ、リーダーの青年――カイルは幹部たちに囲まれていた。


「……正直、納得できない」


 カイルは拳を握りしめる。


「第3勢力が拠点を築いているのに、どうしてこちらから協力を持ちかけるんですか? 資材も人材も競争してこそでしょう!」


 彼の言葉に、幹部のひとり――白髪混じりの古参が静かに笑った。


「その気概は悪くはない。競争は必要だ。ただし……ある程度の談合は必要だよ」


 カイルが言葉を失うと、古参は盃を机に置き、声を低くした。


「この前も話した通り、工房組とは裏で繋がっている。情報もノウハウも最低限は流す段取りはつけてある、向こうからも色々と情報提供を受けることもな。街全体の秩序を維持するためにということで二つ返事で受けてくれたよ」


「……!」


 リーダーは思わず顔を上げる。

 幹部たちの目は揃って真剣だった。


「お前ら若い奴は勢いがある。それでいい。表舞台では堂々と競え。声を張り上げ、仲間を引っぱるんだ」


「だが、俺たち古参は知っている。勢いだけでは長く持たないんだ。だからこそ、裏で手を結んでいるんだ」


 カイルの胸に重たいものが落ちる。


 自分はリーダーだと思っていた。だがその背後で“大人たち”が、もっと広い視野で街を支えている。


「……俺達は、ただの駒なんですか」


 ぽつりとこぼした言葉に、古参は首を振った。


「そんなつもりはないさ。表で旗を掲げるのはお前の役目だ。若いからこそ、人はついてくる。……俺たちが裏から支える。だから迷わんでくれ」


 背中を力強く叩かれる。

 カイルは苦い息を吐き――やがて、覚悟を決めたように頷いた。


「……分かりました。俺が引っぱります」


 古参幹部たちは満足げに笑い、盃を掲げた。

 ――こうして、クランは若いリーダーの“勢い”と、古参たちの“老獪な後ろ盾”の二重構造で動き続けることになった。

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