異世界でも、お兄ちゃんは私だけ愛してっ!

Arare

第一章

第一部

No.99-1

 中野瞬は、息を切らしながらビルの隙間を駆け抜けていた。


 夜の都会は無数のネオンに彩られているはずなのに、その路地裏だけは異様に暗く、逃げ場のない迷路のように感じられた。

 しかし、瞬は止まることができなかった。鉄の刃がアスファルトを擦るような、不吉な音とともに追ってくる者がいたからだった。


「浮気するお兄ちゃんは、縛って、動けないようにして、私から一秒も離れられないように、身体に躾しないとね」


 斧を肩に担ぎながら、その声の主――妹の中野澪が追ってきていた。

 甘やかで、しかし狂気を孕んだ声音。瞬の背筋を氷で撫でられたかのような戦慄が走った。


 瞬は必死に走ったが、しかし、運命の女神は瞬には微笑まなかった。

「嘘だろ……」

 行き止まりに突き当たった瞬、瞬は振り返る。そこには、笑みを浮かべながら立つ澪の姿があった。


「お兄ちゃんの考えていることは、私、なんでもわかるんだからね。ホントに、なんでも」

 無邪気な妹そのものの声色。しかしその中には冷たさが混じり、瞬は呼吸すらままならぬほどの恐怖に支配された。


 逃げ道を探し、瞬はとっさに右手の扉へ手を伸ばした。ドアノブを回す。すると鍵はかかっておらず、ガチャリと扉は開いた。

「助かった……!」

 瞬は躊躇なく中へ飛び込み、扉を閉めて鍵をかけた。


 息を荒げながら目を凝らすが、中は真っ暗で何も見えない。

 しかし、予断を許さずにすぐに外から轟音が響く。斧が扉を叩きつけるたび、木材が悲鳴を上げた。


 そのとき――。

 ウィィン…と低いモーター音が空間に広がった。

 次の瞬間、明かりが点り、無機質な白光が小部屋を照らす。中央のモニターが不気味に起動し、電子音声が響いた。


『No.99、エントリー完了』


 画面には瞬の顔が映し出されていた。

 状況を理解できず、辺りを見回す。四方は壁に囲まれた狭い殺風景な部屋――逃げ場は、もうない。

「やばい…」

 直後、扉が破られ、澪が中へと足を踏み入れてきた。

 

 勝ち誇った笑みと血走った瞳。瞬は絶望を覚える。

 だが、再び電子音声が澪の入室を告げるように部屋に響いた。


『No.100、エントリー完了』


 続けて、冷たく機械的な声が告げる。


『ゲームスタート』


 床下から眩い光が噴き出した。真っ白な光が世界を塗りつぶし、瞬と澪の視界を奪う。

「っ……!」

 瞬が目を覆った次の瞬間――そこにいたはずの澪の姿が、忽然と消えていた。


 全身を包み込むような光に呑まれた瞬間、中野瞬の身体はふわりと浮き上がった。

「うっ……!?」

 浮遊感。胃の底がひっくり返るような感覚に、息が詰まる。上下の感覚さえ曖昧になるなかで、光が唐突に途絶えた。


 次に目に映ったのは、果てしなく広がる蒼穹だった。青はどこまでも澄み渡り、太陽の光は地上とは違う異様な力強さで瞬を照らした。

 そして――ぐるり、と世界が反転した。


 視界に飛び込んできたのは、地平線まで果てしなく続く街並み。

 瓦屋根のような建築、尖塔を抱いた城塞、石畳の道路が蜘蛛の巣のように走り、ところどころで蒸気を吐き出す巨大な機械仕掛けの塔が立っている。

 大空には見たこともない巨大な鳥が悠然と羽ばたいており、まさに異世界の情景が広がっていた。


「なっ……俺、いま、空から落ちてる!?」


 瞬は叫んだ。足元には街並みが急速に迫ってくる。

 このまま落ちてしまったら死んでしまう。瞬は必死に最も近くにある濃緑の大森林を目指した。

 風が肌を切り裂くように叩きつけ、視界は涙で歪む。恐怖と混乱で頭が真っ白になりながらも、なんとか大森林へとたどり着く。そして――


 ドサァッ!


 樹木の枝が次々と折れ、瞬の身体を受け止めるように叩きつける。

 枝葉がその衝撃を分散し、骨を砕く一撃を何とか和らげた。最後には土と草の柔らかな地面に転がり込み、瞬は全身を強かに打ちながらも、かろうじて命を繋ぎ止めた。


「はぁ……はぁ……いったい、どうなっているんだ……」


 呼吸は荒く、視界はぐらぐらと揺れている。だが、確かに生きている。生きて、この見知らぬ森に立っている。


 かくして――ヤンデレ妹と天才兄の、異世界冒険が幕を開けた。

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2025年12月26日 18:02 毎日 18:02

異世界でも、お兄ちゃんは私だけ愛してっ! Arare @arare252

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