第2話 四畳半の世界

「私の彼ピがさー」

「マジ、それヤバくね」

「ヤバい、ヤバい」

「超ヤバい」


 本日もカースト上位女子達が、クラスの中心で騒がしく話している。

 当然にその中に繭も入っている訳だが、ヤバいだけで会話が構成されている分、だいぶ楽そうだ。


 繭いわく、「ヤバい」「ウケる」「わかる」だけでなんとかなるから、会話自体に困ることはほぼないらしい。


 ただ、問題が起きるとしたらイレギュラーな会話が発生した場合だ。


「じゃあさー、今度合コンしない? 繭、今彼氏いないっしょ?」

「えっ? あー、超ヤバい」

「繭、ノリ気じゃん!! いつにする!?」


 多分、今のヤバいはポジティブなものではない。アイツ、返答間違えたな。


「あー、でも。私さ、バイトが……」

「繭がバイトない日に合わせるよ! 任せといて!」

「あー、うん。えっと……」


 一気に顔から冷や汗が吹き出てるな。

 遠目からでもわかる。


 繭は首をグリンと回して、教室の片隅に位置する俺に必死に視線を送ってきた。そして、口元がパクパク動いている。


 えーと、なんだ。


"タ・ス・ケ・テ"


 なるほど。

 無視しよう。


 さて、読んでいた本の続きでも読むか。


「ね、ねえ!! 面白い話してあげようか!!」

「急にどした?」

「私の幼馴染の話なんだけど! そいつ、本当に犬苦手でさ! 中学生の時、野良犬に遭遇してちょっと吠えられただけでおしっこ漏らし——」


「話してるところ悪いけど。白鷺さん、ちょっといいかな」


 俺は瞬時に繭へとダッシュし、声をかける。

 内心ブチギレているが、今は我慢だ。


 繭は俺に対して満面の笑みを浮かべる。


「んー? どうしたのかな、高井くん?」

「そういえば、担任が呼んでたよ。職員室いってもらえる?」

「ヤッバ、私なんかやらかしたかなー! ちょっと、行ってくるねー!」


 意気揚々と繭は教室を出ていく。

 今日イチの笑顔見せやがって。追っかけて、後ろから飛び蹴りくらわしてやろうかな。


 そして、俺の携帯が鳴りメッセージが届く。


『ありがと、修也! 私、体調悪くなったことにしてこのまま早退する!』


 そうか、気をつけて帰れよ。

 ……と返せる訳がない。俺は即座に返信する。


『言いたいことが、山ほどある。俺の部屋で、正座して待ってろ』



◇◇◇◇


「あ、修也。おかえり」


「……正座はどうした? なんで俺のベッドに転がって漫画読んでんだ?」


「今日の夕飯ハンバーグだって。おばさんに頼んで、私目玉焼きのっけてもらおー」


「その心の強さは、学校で発揮しろ」


 全く反省の色が見えない。

 コイツは、本当に俺にだけは強気だな。


 繭は身体を起こし、わざとらしくため息をつく。


「はぁ……今日は危なかった。あのまま窓から飛び降りようかと思った」


「飛び降りるか俺を脅すかの二択なら、今度からは飛び降りろ」


「ひっどっ! 修也は恐ろしい人間だね!!」


 俺は、お前の方が恐ろしいよ。


「あーあ、陽キャって大変。ことあるごとに、合コン!BBQ!海っ!。そんなんより、ネトゲで生意気なヤツ煽って、カップ焼きそば食べて、飼ってる熱帯魚眺めてる方が楽しくない?」


「本当に対局の存在なんだな」


「大体、なんですぐ助けてくれなかったのさー。修也は、私が合コンに連れてかれてもいいの?」


「おう、社会経験だ。張り切って行ってこい」


 繭はわざとらしく頬をふくらませ、睨みつけてくる。


「へー? いいんだ。私に彼氏できても」


「出来る訳ないだろ。仮に誰かと付き合ったとしても、繭のほうがストレスで死ぬぞ」


「ふむ、否定は出来ない。でもさ……」


「なんだよ」


「本当に私に彼氏が出来たら、修也はどう思う?」


 ……想像がつかない。

 繭は可愛い。中学でも、高校でも、有名になるほどの美少女だ。勿論、沢山の男子達に告白されてきている。

 ただ、どんなイケメンでも、学校一の秀才でも、繭が首を縦に振ることはなかった。


 繭は誰のものにもならない。

 そんな傲慢さを俺は知らずに抱いている。


 だからこそ、それが現実になった時のことはわからない。わからないが……



「本当に繭がソイツのことが好きで、幸せそうにしてるなら応援するよ。ただ……」


「ただ?」


「繭を泣かせるような真似したら、全力でぶん殴りに行く」


 プッと、繭は吹き出す。


「あははっ! 修也喧嘩なんかしたことないくせに!」


「負けたとしても、意地でも一発は入れてやる」


「……でも、私も同じかな。もし修也に彼女が出来たら応援する。でも、修也を傷つける真似したら全力で引っぱたきに行く」


「陰キャのくせにか?」


「陰キャの方が、キレたら怖いんだから!」


 なんだかんだ、俺達は同類だ。

 こんな狭い部屋で、俺達の世界は出来上がっている。そして、この世界がいつまでも続けばいいと心から願う。


「さて、そろそろご飯だ! おばさん、半熟に焼いてくれるかなー」


「目玉焼きくらい、自分で焼けよ」


「やだ、おばさんが焼いた方が確実だもん。あと、卵上手に割れる気がしない」


「……繭を嫁にもらうヤツは大変だな」


 俺の言葉に、繭は意地悪く笑う。


「その通りだね。覚悟しときなよ?」

 

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