番外編 二つ名魔術師の会合 前

二つ名の魔術師とは、魔術師組合が定めた規定を満たし、他の魔術師にも認められた偉大な魔術師のことを指す。

彼らは年に一度、会合を開く。会場は持ち回りで魔術師が作り上げ、招待状は魔術によって本人の元に送られ、他者は会場を知ることすらできない。

有史1318年、秋。大陸から遥か遠く離れた南の海上に、不可視の城が作られた。水で作られた城は、透明でありながら内部を映し出すことはない。各国の城より遥かに大きく古めかしい城に招かれたのは、23名の魔術師。世人は決して窺い知ることができない、神聖にして不可侵な魔術師の城である——


「あーてめっ俺のお菓子食ったな!?」

「はーボクが食べたって証拠あるんですかぁ? 見てもないくせに人を犯人扱いとか良くないと思いますよぉ? だからモテないんだ」

「やかましいわっ! 口元にクリームをつけておきながら何を言う」

「げ、やべっ」

「今日という今日は、火だるまにしてやるっ!」

「やれるものならやってみな!」


バン、ドン、ガラガッシャン!

盛大に城を壊し始めた中年の男魔術師ふたりの隣、結界の中で白髭を蓄えた老人と総白髪の老女ふたりがきゃっきゃっとお茶をしている。


「久しぶりじゃのう。前に会ったのはいつだったかの? わしが200歳になる前だったかの?」

「やだ~、ぼけちゃって。2年前の会合で会ってるわよう。ジュべちゃんが216歳の時!」

「その前は20年くらいジュベルが旅に出てて会ってなかったさね。死んだんじゃないかと思ってたけど、相変わらずのほほんと生きてるみたいだね」

「うーん、そうだったような気もするのう。ということはミラちゃんは今123歳でさっちゃんが99さもご」

「淑女の年齢を言うなんて失礼よ~ん。お口縫い付けてあげましょうか~」

「いい考えだミラ。手伝うさね」


老人たちがいる大広間の天井では、魔術師がひとり、蝙蝠こうもりのように釣り下がっている。目を瞑っているので何をしているのかは不明だ。他にも小部屋で実験をしている者、下の海で遊んでいる者など、神聖な雰囲気から一万歩ほどかけ離れた景色が広がっていた。

その城の門前に透明な箱が止まる。水でできた柔らかな箱から降り立ったのは、黒のローブを纏った青年——幽冥ゆうめいの魔術師、レイ・ウィンストン=サザーランドであった。23名の中では最年少である彼は、城の設計者が戯れに作った魔術の罠を次々解除しながら城の中に入った。人がいないところを求めて足を進め、屋根裏部屋に居を定める。数日分の衣服とランプを鞄から取り出した。あと半月、ここがレイの寝床だ。

整理を終えるとレイは柔らかなベッドの上に寝転んだ。


「ふう......」


普通の乗合馬車に乗っていたのは海岸沿いまで、海岸から城までは寝ていけるようにと水の箱を作って来たが、距離があったので少し魔力を消費していた。回復薬が必要なほどではないが、疲労感がある。

――今頃、どうしているだろうか。

ふと頭に浮かんだのは真白の髪を持つ婚約者・アイリスのことだ。もう、領地には戻っただろう。次期公爵としての仕事に追われている姿が容易に想像できる。

レイは起き上がり、手紙を認めた。どうやって送ろうかと考えて、鳥を一羽作り出す。アイリスの似顔絵を描いて覚えさせ、本人以外の手に触れたら燃える魔術を手紙にかけて鳥を送り出した。海の上に、白い鳥が羽ばたいていく。それを眺めていると、腹の虫が鳴った。そういえば、昨日から何も食べていなかった。

レイは屋根裏部屋を出て、食堂の捜索を始めた。

基本的に城の中の食事は自分で作る。魚が好きな魔術師などは毎日魚を釣り上げて捌いているが、レイは魚を捌けないので、用意してある食材を加工するだけであった。

地下一階に食堂はあった。どこから持ってきたものやら、パンや野菜が机上に置いてあり、豚が丸々一頭吊るされている。近くで釣り上げたと思しき新鮮な魚が水槽の中で泳いでいた。レイは豚の肉を削ぎ、火で炙った。その辺に転がっていた葉野菜を千切って洗い、パンに切れ目を入れて無造作に突っ込む。塩胡椒を振った肉も挟んで適当にサンドウィッチを作った。ついでにお高い紅茶の茶葉を見つけたので頂戴する。

サンドウィッチをもさもさ頬張っていると、不意に床が揺らいだ。水面に転じたところから顔を出したのは、布面積が少ない妖艶な衣装を纏った美女である。天窓から差し込む光を受けて、水色の髪がきらきらと光った。女はレイに気づくとうっそりと微笑む。


「あら、幽冥の。久しぶりね。元気にしていた?」

「お久しぶりです、水鏡みずかがみどの。元気です」


二つ名の魔術師は己の名ではなく二つ名で相手を呼び合うことが多い。レイのように貴族であったり何かしらの地位がある者もいるので、名前で呼ぶのも面倒なのだ。


「今回のお城はわたしが作ったの。どうかしら?」

「とても興味深いです。海から水を引き上げているのですよね? 時々壁が歪んで部屋が出来たり、階段が消えたり」

「ふふ、そうでしょう? 適当にやればお城も気ままに答えてくれるのよ」


水鏡が床に立つと、水面は一度揺れて固い床に戻る。首を振って雫が飛んだと思った時には、女の体は乾いていた。瞬きの間に、背中が開いたドレスに衣装が変わる。水色の髪がよく映える白い衣装だった。レースや真珠があしらわれた衣装は、さながら波打ち際のようである。


「この水の量を半月も維持できるのが素晴らしいことかと。しかも水だというのに触れても濡れない」

「うふふ、すごいでしょう? あとで教えてあげましょうか?」

「是非に」

「いいわよ。それにしても、まぁだ3人も来てないんだから。困っちゃうわ」


いつの間にか手にしていた扇を開き、水鏡はほう、と溜息を吐いた。


流転るてんどのはおいでですか?」

「んー、来るはずよ。今年は欠席者が少なくて、19名参加予定だから」

「そうですか。ありがとうございます」

「ところでそれ、わたしにもひとつくれない?」


それ、と水鏡はレイの手の中のサンドウィッチを示す。二十代にしか見えない美貌ながら既に五十路である大先輩である魔術師の言葉に、従う以外の道はないのであった。

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