第二十四話 エスコート

兄と王女は半月の滞在中に領地の視察をして、王宮に帰還した。家族と定義したものの、家族の話し方など分からないので、兄とはこれまで通り。ただ、晩餐のあとや別棟で遭遇した時、僅かばかり話をするようになった。王女と話したこと、レイと魔術の鳥で書簡を交わしていること。たわいもない会話をするのは、レイ以外では初めてだ。レイと出会わなければ、こんな機会もなかっただろう。


「――そなたは、どうして婚約者を愛するようになったのだ?」


兄からの突然の質問に、アイリスは噎せた。


「済まない。立ち入った質問だったな」

「いえ......なんと申しましょうか」


恋の経緯を語るのは、なんとも難しい。


「......私にとっての恋とは、制御できない感情のことでした。私の見目を厭わず、私を喜ばせようとしてくださった。私と共に生きると仰った。むずがゆく、嬉しく――そういう感情が、恋であり、愛だと思っております」

「そうか」


兄は眩しそうに目を細めた。


「私たちも、見習うとしよう」

「恐れ多いことです」

「婚約したのは、そなたが先だからな」


上機嫌に言って、不意に兄は真顔になる。


「私は明日、王宮に帰還するが、そなたともまたこうして話す機会を持ちたいものだ」

「お呼びくだされば、いつなりと」

「......年末に、と言ったらどうする?」


アイリスは目を見開き、次いで苦笑した。分かりやすい兄の意図が、嬉しくもあり、苦しくもあった。


「大変嬉しいお言葉ですが、お断りさせていただきます。わたくし・・・・は、やらなければならないことがございますから」

「――そうか。では、明日も早いことだし、私は寝るとしよう」

「おやすみなさいませ」


すれ違いざま呟かれた言葉は、きっとアイリスの耳にしか届かなかっただろう。




***




兄と王女と入れ替わりに、レイが屋敷を訪れた。結婚まで2年を切ったので、公爵配としての職務を学ばなくてはならない。既に初雪は降っており、本格的な寒波が来る前に帰還する予定だ。


「こちらはやはり、とても寒いですね」

「ヴィノグラード領では、まだ雪は降っていないでしょう」

「この寒さに慣れるのは、暫しかかりそうです」

「ゆっくり慣れてください」


アイリスとレイは馬車に乗り、魔石鉱山に向かっていた。アイリスは鞄の中から資料を取り出しレイに渡す。


「見ての通り、魔石鉱山の採掘量は十年前から徐々に減少しています」

「魔術師組合の調査で、東大陸全体で魔力溜まりが減少していると確認されました」

「対策はありまして?」

「全ては自然の摂理、流れるがまま過ぎていくものであるという結論に至りました」


とすると、数世代後には枯渇する計算になる。魔石が収入の大半を占めている公爵領には大きな打撃だし、公爵家がこの地を治める理由がなくなる。


「……何か代替となるものがあればいいのですけれど」


魔石鉱山がある北部は魔力濃度が濃く、木が生えない荒野だ。冬の寒さが厳しく、土地も痩せている。南部には森林や田畑が広がっているが、自給自足にとどまる。避暑地として訪れる貴族は――おそらくは立太子の影響だろう――増えているが、それも微々たるものだ。


「住民たちの採掘や加工の技術の高さを生かして、他領の宝石を加工する事業は始めたけど、大きな利益にはなりません」

「……住民たちは、ある程度魔力濃度に耐性があるはずですね?」


アイリスは頷いた。魔力濃度の高い土地に住む者たちは耐性ができ、その為に魔石の採掘も可能になっている。耐性がなければ、そもそも公爵領北部に足を踏み入れることもできないだろう。


「では、俺の案が役に立つかもしれません」


具体的には、と問うと到着したらお教えします、という答えがある。

首を傾げている間にも、馬車は進んでいく。

宿に泊まり、領邸を出発して1日半を過ぎる頃、魔石鉱山が見えてきた。


「……これは、圧巻だ」


レイは連なる山々を見て息を呑んだ。棒立ちになったまま、動かない。


「――ねえ、レイ。いつか街を歩いた時、あなたがエスコートしてくれましたね」


アイリスが言うと、ようやく金縛りが解けたようにレイは体を動かした。


「今日は、わたくしにエスコートさせてくださいな」


レイは驚いたように目を見張り、次いで微笑んでアイリスの手に己の手を絡めた。


「よろしくお願いします」



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