第四話 青薔薇
「お待ちしておりました、公女さま」
前回が庭園だったからだろうか、サザーランド邸を訪れた今月、案内されたのは庭園だった。先に待っていたレイが、恭しく一礼する。
「ひと月ぶりですね、サザーランド様」
頷いて、レイは後ろ手に持っていたものを前に出した。白薔薇だ。
「ご覧下さい」
青みを帯びた黒の瞳が妖しく煌めいた。見る見る内に、白薔薇が青く染まる。驚いてレイを見ると、レイは真顔である。
「青がお好きだと仰っておられましたので、作りました」
「……すごい」
漏れた感嘆の言葉に、レイは微笑んだ。自然に存在し得ない花を作ったばかりとは思えぬ、柔らかな笑みだった。
「宜しければ、お納めください」
「宜しいのですか?」
「あなた様のためにお作りしたものです」
「では、ありがたくいただきます」
青の薔薇を従者に持たせ、アイリスは椅子に座った。
「最近は離れでこの魔術を作ったり、魔導具への付加について研究しておりました」
魔術のことに詳しくないアイリスだが、それでもレイの魔術開発がとんでもないことだということは分かる。
「魔道具に、ということは、もしや人の髪や瞳の色を変えられる可能性があるということでしょうか」
「はい。ネックレスやブレスレットに付加しようと思ったのですが、触れた部分も変色してしまうので、改善しております」
「……便利なものですが、世への流出に慎重にならねばなりませんね」
「え?――あぁ、犯罪者の手に渡ると厄介ですね」
「はい」
「でもこれは、公女さまに差し上げる物なので、他に作る予定はありません」
アイリスは目を見開いた。自分だけの為に何かを与えられるということは、ないことだった。
何かを言おうと思った。それは感謝の言葉であったかもしれないし、悲鳴であったかもしれない。けれどそれらは音になる前にどこかへ消えてしまった。
「魔石は青にしようかと思うのですが、デザインのご希望はございますか?」
「……いえ。お任せいたします」
「畏まりました」
レイは、どんな表情でアイリスへ贈る物を作るのだろう。
ふと、どうでもいいことが気になった。
「……魔導具を作るところを、見ても宜しいでしょうか」
意表を突かれたのか、レイは切れ長の瞳を見開いた。
「……危険がないとは言い切れません」
「構いません」
「それでは、ご都合のよろしい日をお知らせください」
はい、と答えると、沈黙が落ちる。所在なく、アイリスはティーカップに視線を落とした。
「——公女さまは、如何お過ごしでしたか?」
静謐な声に、顔を上げる。
「……わたくしは」
単調な日々を語るための言葉を探すのに、少し時間を要した。
「特に、何も」
「左様ですか」
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