ノート

私、図書委員やってるから、放課後は、図書室のカウンターに座ってる。貸し出しとか返却とか、地味な作業ばっかりだけど、夕陽がカーテンから差し込む感じとか、木の机の匂いとか、そういう雰囲気がけっこう好きでね。眠くなるのだけは困るけど!


で、いつも決まった時間に来る三人組がいるんだよ。私より一コ上?の子たちで、すっごく仲良さそう。ちょっと声大きいけど、笑い声が絶えない感じ。私から見るとキラキラ女子グループって感じかな。

その中の一人は「マナ」、もう一人は「クミ」って呼ばれてるんだけど、あともう一人、なんかいつもニコニコしてる子の名前は、知らないのよね。ほんわかした雰囲気で、でもあだ名っぽい呼び方を聞いた記憶もなくて。


んで今日。閉室後に、返却本を整理してたら、一冊の単行本に、ノートが挟まってた。薄めの罫線ノートで、持ち主の名前は書いてない。でも、挟まってた文庫と一緒に、さっき、例の三人組がわちゃわちゃといろいろ、返してきてたから、たぶん、三人組の中の一人のノートよね。

それで、その文庫本の貸出カード見たら、返却者は「マナ」さんでも、「クミ」さんでもない。だから、名前を知らなかった、最後の一人?の子のノート、なんだろね。

へー、あの子、「アンナ」さん、っていうんだー。まだ、確定!じゃないけどさ。あ、ちな、この「マナ」と「クミ」って、どっちもあだ名ね?


「うわ、これ。まさか宿題とか?中、見ちゃいけないかな?」ってちょっと悩んだ。でも、もし落とし物なら確認して返さなきゃだし、仕方なくぺらっと開いてみたんだ。


そしたら。

思わず固まった。


ページいっぱいに丸と矢印。名前がずらーっと並んでる。これ、クラスの人間関係図!? しかもコメント付き!

「超元気」とか「おしゃれ担当」とかはまーいいけど、「たぶん隠れオタ?」みたいな感じのもあって、落書きっぽいけど、アンナさん、観察が細かい!


そして。

そこに、図書委員のことも書いてあった。


「図書委員ちゃん=意外とマジメ。だけど、ちょっとかわいい」


えええ!?


カウンターの上で変な声出そうになって、慌てて口を押さえた。顔が一気に熱くなる。やばいやばい、何これ!私のこと、見られてたの!?誰が!?

いや、図書委員って、私以外にもいるから!

でも「ちゃん」付けだし、アンナさんからみて後輩になる、私のことじゃない?

それに、「かわいい」って書いてあるし、図書委員の中でも一番かわいい私に決まり、でいいかな!?

あーでも、「ちょっと」だもんなー、じゃあ違うかー。


なんて冗談はともかく、だよ!

その「かわいい」っていうコメントの横、小さくハートマークが描かれてるんだけど!?いやいやいや、待って待って、心臓に悪い!


その日は、モヤモヤしたまま、そのノートをカウンターの引き出しにしまい込んじゃった。ほんとは、こういうのは落とし物箱に入れとくんだけど、ノートの持ち主が誰かがまだ確定じゃないし、先輩に聞いたら分かったかもだけど、内容が内容、だったしね。帰宅して、夜になっても気になって気になって、だったんだよー。


で、次の日。


放課後、いつものように三人組が来た。

三人の笑い声がカウンターに近づいてきて、「マナ」さんと「クミ」さんは、本棚の方へ消えていった。残ったのは、ニコニコの子、つまりアンナさん。やたら制服の袖をいじったりして、そわそわしてる感じで、かわいー。

「あ、あの。ノート、ノートを、見ませんでした?」


き、来たーー!!!

手を差し出す仕草が、なんかおっとりしてて、でも目はちょっと不安そう。声も小さめ。なるほど、やっぱりこの子、アンナさんのノートだったのか!って、私は一瞬で察した。


「えっと、これ、ですか?」って引き出しからノートを出すと、アンナさんの顔がぱあっと明るくなった。あ、やっぱり当たりだ。


でも次の瞬間、アンナさんの表情がふっと曇って、視線が泳いだ。

「……もしかして、中、見ました?」


う、痛いところを突かれた!

慌てて頭を下げる。

「ご、ごめん!ちょっとだけ!でも誰にも言ってないし、絶対言わないです!」


アンナさんは一瞬きょとんとした後、ふわっと笑った。いつものニコニコが戻ってきて、心臓がドキッとする。

「……なら、いいです。ありがと!」


そう言ってノートを受け取った手が、ほんの少し震えてた。アンナさんの頬も、ほんのり赤い。


私は耐えきれずに聞いた。

「あの、その、相関図、すごい観察力、ですね。」

口に出した瞬間、自分で自分を殴りたくなった。

なんで言っちゃうのー!?恥ずかしさMAX!


アンナさんは、少し視線をらして、いつものようなやわらかい声でささやいた。

「え!そこ、見たの?……恥ずかしいな。絶対、内容、秘密ね?」


んー、そんなアンナさんの仕草も声もかわいー。

「じゃ、じゃあ、一つだけ、教えてください。

 図書委員ちゃん、って、私のこと、ですか?」


沈黙。数秒の沈黙。それがすごく長く感じる。

でもアンナさんは、ふっと息をついて、少し笑ったんだよね。

「……ほんとに、内緒にしてくれる?」

「もちろん!絶対!」


ノートを胸にぎゅっと抱きしめるアンナさん。

その仕草が、なんかいつも以上にかわいく見えて、こっちまで顔が熱くなる。

そして次の瞬間。アンナさん、下を向いたまま、小声で言った。

「……じゃあ、その相関図、あなたのところ…もうちょっと書き足してもいい?」


――え?その言葉が私の頭に染み込むのに、数秒かかった。

だって、今のって、私にハートがつけられてる、ってことでいいんだよね?

つまり、私のページを、どうするの?

増やす?強調する?詳しく書く?どういうこと!?

「ちょっとかわいい」を「とってもかわいい」に変えちゃうとか?

あと、ハートマークを増やしちゃったり?


私の理解は追いつかないまま、アンナさんは、髪をふわりとさせると、ノートを大事そうに抱きしめて、「マナ」さんと「クミ」さんのところへ、戻っていっちゃった。

残された私は、カウンターの椅子に沈み込みながら、顔があつくなっちゃって。


「もうちょっと書き足す」って、どうするのか、気になって仕方ないけど、直接は、聞きづらいなあ。だってあの三人組、図書室ではいつもたいてい、一緒にいるしなあ。


でも。

あのときのアンナさんの笑顔と、赤くなった横顔。

それを思い出すたびに、胸がドキドキして、なんだか図書室の空気まで違って感じられるんだ。



明日も、来るかな?アンナさん!

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