第四話 故障
メグリに昼食のかに玉あんかけの丼を作った後、スイミは彼女の研究室を出た。それはもちろん、昨日の彼女自身の足跡を追うためである。
「もしどこかで父の本を見つけることがあっても、無断で持ち帰ってくるようなことはしないこと。私に一度報告してからにしなさいね」
メグリはスイミに対してこのような注意を促してきた。なるほど、私のことをよくわかっているなと思う。これはスイミ個人がそうなのか、はたまたアンドロイド全体の仕様なのか分からないけれど、彼女には何かと物を元の状態に戻さなければ気が済まないというような、そういう性分というか性質が備わっているように思う。
それはメグリの両親によって最初に起動コマンドを入力されてからずっとそうだった。雑務をこなすアンドロイドとしては、標準的な仕様のように思っていたけれど、生前のメグリの両親曰く、つけた覚えのない設定だそうだ。
メグリの部屋を出ると、しばらくは真白の細長い廊下が続く。窓の外にはまばらな木々とベンチが配された物寂しい中庭があるだけだ。所内にこういった自然を取り入れようと提案した上の人間は、今はもういない。そんな不合理なものに心の癒しを求めるような不合理な人間もまた、ここにはいない。つまり、この中庭というスペースもまた、遊ばせてある土地なのだ。
「お。おはよう、スイミさん」
「おはようございます」
そうして窓の外を見ていたところに、研究員の瀬戸リヒトが声をかけてきた。彼は所内では比較的若く、博士の研究を進めている分野に対しての知見も、スイミと同レベルと言うと言い過ぎだけれど、あまり明るい方とは言えない。まだまだ駆け出しの、ひよっこなのだ。
「博士は?もういらっしゃってます?」
「ええ。いささか睡眠が足りていないようでしたけれど、目の冴える出来事があって、活動的になられてますよ」
何かしらのファイルを小脇に抱えている彼は、スイミの話に「へぇ」とだけ曖昧な返事を漏らすと、すぐに博士の部屋のドアの前まで小走りに向かった。大事な用件であるらしいことはなんとなく察して、彼女は立ち去ることにする。
「あ、あのもう一つ聞いても?」
が、後ろから声をかけられて、スイミは立ち止まらざるを得なくなった。振り返れば、眩しそうな顔をした彼がいる。リヒトはいつも目元をくしゃりとさせて、人と話をする。それは彼が人に自分のことを見られている状態があまり落ち着かないせいだというのを、彼自身がメグリに話したことがあって、それをスイミはメグリから伝え聞いていた。
人と人との信頼関係のために、あまりそう言ったことはぺらぺらと他人に話すものではないのではとスイミがたしなめると、メグリは一瞬の逡巡の後に「そうかもしれない」と普段の彼女らしからぬ素直な態度を取ってみせた。あの逡巡の間に、一体どんな葛藤がメグリの中であったのか、スイミは今でも少しばかり気にかかっている。
「なんです?」
「首元の辺り……。どうされたんですか?痕になっていますけど」
「ああ、これは……。実は頸部パーツに故障があって、修理に行くところなんですよ」
「はぁ。それはなんとも。お大事に」
リヒトは小首を傾げつつも、メグリの部屋をノックして、そのまま部屋へと招かれて行った。
我ながら、どうにも嘘を吐くのが下手だと思う。そしてそれは、最も会話する機会の多いメグリのせいに違いない、いや、そうしてしまいたいと、スイミは秘かに責任転嫁をしたい気分だった。
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