第17話 青空に佇む『エルフ』

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【ルナリア回想】


 今から100年ほど前。

 わたしがまだ、小さい子供だった頃。


 エルフの村を離れ、自由気ままに迷宮探索をしていたお爺ちゃんが、数世紀ぶりに村へ帰ってきた。


 お爺ちゃんは、変わり者だった。


 閉鎖的で外の世界に興味を持たない寡黙な他のエルフたちとは違い、好奇心旺盛でとても賑やかな明るい性格の持ち主。

 そのせいで、久しぶりに帰ってきても相変わらず仲間外れにされていたが、わたしだけは、お爺ちゃんとよく話をした。


 他の人がどうだろうと関係ない。

 お爺ちゃんの話は、とても面白かった。

 だからわたしは、夢中になって話を聞いた。


 怪物たちと戦った話はもちろん、空腹すぎてスライムを夢中で吸い尽くした話や、怪物たちに捕まって謎の儀式の生贄にされそうになった話、仲良くなったと思った獣人の女探索者に身包みぐるみすべて剥がされた話も、とても新鮮で、とても胸躍る物語だった。


「わたしもお爺ちゃんのいった迷宮にいきたい!

 案内してよ!」


 瞳を輝かせながら、

 わたしはお爺ちゃんにお願いした。


 お爺ちゃんはとても優しかった。

 だから、わたしのお願いを聞いてくれるはず。

 期待に胸を膨らませて頼んだ。


 しかし、


「いやぁ、連れて行ってあげたいのは山々なんじゃが、わし、もう隠居すると決めっちゃったからな」


 わたしの願いは見事に断られた。


 お爺ちゃんがこの村に帰ってきたのは、迷宮探索をきっぱりやめて、静かな余生を過ごすためだった。


 なんでも、冒険仲間だった鬼族の男が、結婚して子供をつくり、冒険者をやめたことで、自分も家族が恋しくなったそう。


 自分の息子(わたしの父)や孫たちと、のんびり老後ライフを楽しむ気満々だ。


 わたしの願いは届かなかった。

 迷宮に連れて行ってもらえない。

 わたしはすごく落ち込んだ。


 そしてさらに、

 お爺ちゃんは追い討ちをかけるように、


「それに、わしが訪れた迷宮はもうないぞ。

 迷宮主を倒すと、迷宮は消えてしまうんじゃ」


 衝撃の事実をあっさりと告げた。


 ガーン!


 雷に打たれたような電気信号が体中を駆け回る。

 わたしは、すごくショックを受けた。


 お爺ちゃんの話の中に出てきた数々の迷宮たちは、もうこの世界に存在しないのだ。

 つまり、わたしは永遠に、お爺ちゃんの冒険話を追体験することができない。


 その事実が、とても哀しかった。


「どうしてそんな勿体無いことしちゃったの!

 わたしも迷宮にいきたかったのに!

 わたしだったら絶対に迷宮主は倒さないわ!」

 

 まだ幼かったわたしは、玩具おもちゃを取り上げられた子供のように、わんわんと泣き喚いた。

 それはもう、大きな声で。

 普段、ぜんぜん泣かないわたしが大泣きしたので、両親も驚いて様子を見にきた。


 そんな大泣きするわたしの頭を優しく撫でながら、


「大丈夫じゃ」 


 お爺ちゃんは言った。


「まだまだ迷宮はたくさん残っとる。

 それこそ、

 わしが半生をかけても回りきれなかったほどに。


 ルナリアも、大人になったら旅に出れば良い。


 村を離れ、外の世界を旅すれば、

 自ずと仲間ができる。

 その仲間とともに、迷宮を探検しなさい。


 そうすれば――分かるはずじゃ」


 昔を懐かしむような遠い目をして、お爺ちゃんはわたしにそう言った。


 何が分かるのか、その答えは結局最後まで教えてもらえなかったが、その答えはきっと、自分で見つけることに価値があるのだろう。

 幼かったわたしでも、それだけは理解できた。


――だから、

 

 わたしは、迷宮探索者になると決めた。

 その答えを、見つけるために。



※この騒動の後、お爺ちゃんは両親から「娘に変なことを教えるな」と怒られていたが、そんなの関係なしに、わたしは毎日、お爺ちゃんから冒険話を聞いた。

 そしてその度に、お爺ちゃんは両親から怒られた。

 ごめんなさい、お爺ちゃん。



 それから30年後、大人になったわたしは、両親に反対されながらも村を出て、1人で冒険の旅に出た。


 仲間を探すところから始めようか、いや、まずは1人で迷宮に入ってみようか。

 どうしようかと悩みながら、ぶらぶらとあてもなく、気の向くままに歩き続けた。


 歩き続けて、約2ヶ月。

 エルフの村は深い森の中にあったため、近くに他の村や町は存在しない。

 そのせいか、旅に出てから2ヶ月経っても、わたしは誰とも出会うことができなかった。


 孤独で寂しい気持ちになる。

 自然と、足取りは重たくなった。


 けれど、それからすぐに、

 わたしは迷宮を見つけることができた。


 丘の上に佇む、1枚の扉。


 後に、わたしが70年もの歳月を1人で過ごす理由となった迷宮への入り口が、そこにあった。




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 長らく続いた夜が終わりを迎え、


――空が青く、晴れ渡る。 



 その青空はまるで、俺たちの迷宮攻略を祝福しているかのように、どこまでも澄み渡っていた。

 しかも、足元までもが青に染まり、空の中に立っているような不思議な感覚を覚える。

 晴れた日のウユニ塩湖みたいな感じだ。


 迷宮主は、灰となって消えてしまった。

 主人が消えたことで、ルナリアが押さえつけていた女型のモンスターも、光の粒となって消える。

 もう、モンスターに襲われる心配はない。


 残された巨大な絵画も、迷宮主を焼いた炎が飛んで燃え移り、刻一刻とその姿を失っていく。


 迷宮主は最後の瞬間、この絵画に筆を入れた。

 描かれたのは、優しく微笑む女性の顔だった。

 きっと、迷宮主にとって大切な人だったのだろう。


 俺は静かに、絵画が燃え尽きるのを見届けた。


「……外に出るか」


 なんだか、名残惜しい気もする。

 外に出たいと言ったのは俺なのに。


 それでも、この場所にずっといるわけにもいかないので、俺は外に出るための扉を探すことにした。


 絵画が燃え尽きるのを見届けたあと、俺はルナリアに声をかけようと彼女の方を向いた。


(――あぁ、綺麗だ)


 俺は思わず、息を呑んだ。

 青空に佇むルナリアが、とても美しかったから。


 彼女は上を向いて、静かに空を眺めていた。

 

 彼女の髪が陽の光をやわらかく反射する。

 淡い藤色の光が、青空の中で一際まぶしく見えた。


 あまりにも美しい光景だ。


(めっちゃ映えてるな。

 エルフだ)


 俺は、ポケットからスマホを取り出していた。

 無意識のまま、シャッターを切る。


――カシャ。


(あ、やべ)


 ルナリアがシャッターの音に気づいて、こちらへ振り向いた。


 盗撮はよくない。

 俺は慌ててスマホをポケットに入れる。

 

「ねぇ、サトー」


「お、おう、なんだ」


「ありがとね」


 なぜか、感謝された。

 写真を撮ってもらいたかったのだろうか?


「感謝したいのはこっちの方だ。

 ルナリアがいなかったら俺は確実に死んでいた。

 命の恩人だよ」


「わたしだって、1人じゃ迷宮を攻略できなかった。

 サトーと出会えなかったら、きっと、わたしの人生はここで終わっていたわ。

 サトーも、わたしの命の恩人よ。


 それにね、迷宮を攻略することも、案外、悪くないなって思えたの。

 迷宮がなくなっちゃうのは悲しいけど、でもそれ以上に、仲間と何かを成し遂げるって、すごく気持ちがいいことだもん。

 サトーはそれを教えてくれた。


 だから、ありがとう。

 これからもよろしくね」


「あ、あぁ、よろしくな――」


(ん、これからもよろしく?

 これからも俺は、ルナリアと一緒に冒険するのか?

 そんな約束したっけ?

 まぁ、いいか)


 しれっと仲間になったが、それもまた一興だろう。

 旅は道連れ、そういうもんだ。


「じゃ、行こうか」


 外へと続く扉は、案外すぐに見つかった。

 

 俺たちは2人一緒に、外へ出る。






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i dataアイ・データ


写真を解析中。

しばらくお待ちください。


解析完了。



『エルフ』

〜説明〜

エルヴェ地方の深い森の中で生活する亜人。

長い耳が特徴的。

寿命が長く、最長で1000年生きる。

20年前に発生した災厄によって、

同胞はほとんど死んでしまった。

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