第三話 依頼内容

 ジジジ……と、何かの歯車が噛み合うような音が室内に響いた。

 静まり返った白い部屋の中で、その音だけがやけに耳につく。

 金属と電流が擦れ合う匂い――ジャンクヘッドの中から漏れている駆動音だ。


「出所が気になるんダロウ?」


 機械音声がゆっくりと響く。


「それも含めて、ちょっと説明しようカ」


 モノアイが俺の瞳を捉え、淡い赤光が瞳孔の奥をなぞる。

 ジャンクヘッドは顎のあたりで指を組んだまま、微動だにしない。

 背後の青い光がゆらゆらと揺れ、カプセルの中の少女たちの体を幽鬼のように照らしている。

 液体越しに反射する光が、壁と彼の金属頭に乱反射して、部屋全体がかすかに明滅した。


「まず、コレらは私たちが作ったものではナイ。当たり前だがネ」


 妙に軽い言い方だった。

 その言葉を聞いて、ほんの少しだけ胸の奥が静まる。

 少なくとも、古巣の連中がコピーづくりに手を出していたわけではない。

 彼らはマシナリー屋。血と肉じゃなく、鉄と回路の方が得意分野だ。

 再生医療に片足突っ込むことはあっても、こんな“製品”を作る趣味はなかった。俺の時から変わってなければ、な。


「で、どこからという話なんダガ……」


 ジャンクヘッドは肘をテーブルに置き、わずかに前のめりになる。


「ウチの構成員が“ガラクタ市”で見つけてネ。愛玩用として叩き売りされていたところを、とりあえずすべて回収してきたワケさ」


 “ガラクタ市”。

 その名を聞いた瞬間、鼻の奥に錆びた鉄と腐った油の匂いが蘇った。

 ココから見下ろしてもなお、さらに下。

 あそこは最下層に近い、名実ともに“ゴミ溜め”だ。

 拾い屋と物乞いが、廃材や部品を並べて小銭を稼ぐだけの場所。

 たまに掘り出し物が出ることもあるが、基本はクズばかり。

 行く価値のない、底の底。


 定期的に《エラディカータ》の構成員が巡回しているが……。


「……売ってた連中は?」


 俺の問いに、ジャンクヘッドの機械の瞳が一瞬だけ細く光った。


「うむ。“奇妙な恰好”をしたヤツから“貰った”の一点張りヨ」


 短い沈黙。

 その後で、まるで冗談を言うように肩をすくめる。

 ギシリ、と金属の関節が鳴った。


「アレ以上の情報は、多分出ないカナ。焼けた回路のように、もう手がかりは潰れてる」


 やれやれ、といった調子。


「そいつらは、“コレ”がレインブルグのお嬢さんだってことには当然気づいていなカッタ。こっちは慌てたヨ」


 ジャンクヘッドのモノアイが淡く明滅する。


「これが表に出たら、最悪──レインブルグが“掃除”に出てくるかもしれナイ。それは……面倒ダ」


 その言葉に、俺は軽く眉をひそめた。


 確かに、上層中枢にとって洒落にならない話だ。メンツの問題もある。

 特に、レインブルグは“例の件”がある。そのあたりはかなり気を張ってるハズだ。

 “自分たちの血”が他者の手で弄ばれたと知れば、黙ってはいないだろう。


 ──そして、その火種が、目の前にある。


「……だから、俺に見せたのか」


 無意識に口から漏れた言葉に、ジャンクヘッドのモノアイがわずかに光を強める。


「フフ。それもアル」


 その声は、鉄と笑いが混ざった音。


「気が付いたカイ? 彼女たちの額に一本、線が入っているダロウ?」


 ジャンクヘッドの機械音声が、白い部屋に低く響いた。

 背後の青い光を受けて、カプセルの列がぼんやりと明滅する。

 確かに、言われてみれば──あった。


 陶器のように滑らかな肌。だが、その額には共通して一本、細い筋が走っている。

 切り込みのようにも、継ぎ目のようにも見える。

 まるで人間という“構造物”を、そこから開け閉めできるように設計されたかのように。


「回収したときから、すでにアッタんダガ、調べてみるとね──無いんダヨ。脳が」


 ギシリ、と音を立ててジャンクヘッドが椅子の背にもたれかかった。

 金属製の関節が軋み、そのたびに空気が冷える。

 俺はわずかに目を細め、青い光に照らされたカプセルをもう一度見やる。


 脳が、ない。

 つまり──器だけ、というわけか。


「たまに、そういうモノが出回るケドネ。流石に“個体が一致”──その全てが、っていうのは不審だからネ」


 ジャンクヘッドは、金属の指でテーブルをトントンと叩いた。

 乾いた音が、まるで心臓の鼓動みたいに一定のリズムで響く。


「それで、ちょっと調べてみたンダ」


 トントン、と音を刻む指が止まり、代わりに自分の頭を軽く叩く。

 コン、と鈍い音がした。


「どうやら、コードを抜き差しするみたいに、脳を弄っていたラシイ」


 金属の頭を指で叩く仕草のまま、モノアイが細く光る。

 まるでそれ自体が、笑っているように見えた。


「気になるだろう? そう、君ハ」


 確信めいた声。

 その瞬間、思い出す。


 ──あの時、カプセルに入っていたオラフの身体。

 肉は残っていたが、中身──脳だけが、まるで“抜き取られた”みたいに消えていた。


 背筋を冷たいものが這う。

 この街で見慣れた死の光景のはずなのに、今は違う意味で嫌な汗が滲む。


 ……まさか、な。

 口内で呟いた俺の声を、機械の駆動音が掻き消した。


「ま、そういうワケダヨ」


 ジャンクヘッドは、軽い調子で言う。

 その言葉とは裏腹に、モノアイの光は冷たく、まるで観察者のそれだった。


「コッチの依頼としては、レインブルグへの探り──もし向こうが何か掴んでいるようなら、仲介してほしい。といっても、話を“通しておいてくれれば”イイ。変に藪を突いても、コトだからネ」


 言いながら、金属の手が天板の上を滑る。

 データチップが、静かな音を立てて俺の前に止まった。

 暗号化されたキャッシュデータ。前金代わりの報酬だ。


 俺は無言でそれを手に取り、端末に差し込む。

 久しく使っていなかったパスコードを頭の中で思い出し、指を動かす。

 認証音が小さく鳴った。


 数字の羅列を見ながら、ひとつ息を吐く。

 ――まぁ、悪くない額だ。

 それに、“脳”と“セシリー”。

 この二つが結びつくなら、無視できる話じゃない。


「……調べてみるさ。あくまで“ついで”の範囲で、な」


 一言そう告げて、頷く。

 モノアイの光が、満足げに強まった。


「良かっタ! ソレじゃあ、よろしく頼むヨ。内容については秘匿回線で送っておいてくれればイイ」


 そう言うと、ジャンクヘッドはテーブルの下のボタンを押した。


 プシュウウ……


 背後の壁が再びスライドし、カプセルがゆっくりと奥へと沈んでいく。

 青い光が引いていき、やがて部屋は再び白一色の静寂に包まれた。


 最後のひときわ強い気泡が弾け、消える。

 意識のない彼女たちの呟きのように。

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