第二十一話 襲撃の残り香
見慣れた鉄骨のシルエットが、ゆらゆらと陽炎の向こうに浮かび上がる。
工場街の一角――コルドーの“パーツショップ”。昼間だというのに、看板のネオンがチカチカと不安定に点滅していた。
……あれ、直さねぇのかね。
今日は事務所の方には回らず、まっすぐ工場の方へ向かう。
ゲートは開け放たれているが、入り口脇の詰所には二人の強面がライフルを持ち、どこか警戒しているように見える。
俺の車が砂利道にタイヤを乗せた瞬間、ザリザリと音が響き、二人の視線が同時にこちらを向く。
ロードステラのエンジンが低く唸る。
それに気づいた詰所の陰に座っていた別の一人が、椅子を蹴るようにして立ち上がり、慌てて駆け寄ってくる。
「旦那! お疲れ様です!」
額に汗を浮かべた若い衆が、腰の低い声で言う。
後から続いたもう一人へ顎で軽く合図を送ると、そちらは事務所の方へ駆け出していった。
多分、コルドーのところに伝えに走ったんだろう。
「コルドーのヤツに呼ばれて来たんだ。入っていいか?」
俺がそう声を掛けると、こくりと頷き、後ろに控えていたライフル持ちの二人にも目線を投げる。
それを受けて二人は俺から視線を外して周囲の警戒に戻る。
「はいっ! もちろん大丈夫です! 今、三番が空いてますんで、そちらにお願いします!」
言いながらインカムに手を当てて何やら連絡を入れている。
全体的に浮ついた空気感。なんかあったな。
手振りで“行ってください”と促され、軽くアクセルを踏む。
ロードステラのタイヤが再び砂利を踏みしめ、ゆっくりと敷地内へ滑り込む。
工場の中からは、溶接の光と金属音が断続的に響いていた。警戒の様子はあれど、営業は通常通り続けているようだ。
ギャング御用達のカスタム屋だけあって、今日も何台もの車体がリフトに掛けられ、油にまみれた整備士たちが忙しく動き回っている。
天井の蛍光灯がチラチラと瞬き、空気中にオゾンとオイルの匂いが混じり合っていた。
辺りの様子を視線で流し見ながら、デカデカと“3”と書かれたブースの前で停車する。
ブースの前では、数人の整備士が既に待ち構えていた。
全身で合図を送り、俺の車を慎重に誘導する。
指定の位置に車体を止め、エンジンを切ると、車庫全体が急に静まり返ったように感じる。
「よし」
ドアを開けて外に出る。
熱を帯びたエンジンの匂いと、鉄粉の香りが混じった空気が肌にまとわりつく。
顔を上げると、整備士たちが手を振ってきた。
「旦那!」「お疲れっす!」
彼らもいつもと変わらずこちらに声をかけてくる、が、こちらもやはり少し硬い。
俺は工場の奥、事務所棟へと続く鉄の階段に視線を向けた。
その上で、葉巻をくゆらせながらこちらを見下ろしている男――
コルドーが、渋い顔でこちらを見ていた。
* * *
事務所のドアを押し開けた瞬間、鼻をつく焦げた匂いが残っていた。
鉄と油、それに火薬のにおいが薄く混じった空気――誰かが暴れた直後の独特の残り香だ。
……随分、派手にやらかしたみたいだな。
足を踏み入れた床には、まだ細かいガラス片が散っている。
踏むたびに、ジャリ、と微かな音が鳴った。見渡す限り、荒れている。
モノ取りの仕業じゃない。もっと無秩序で、がむしゃらに暴れ回ったような跡。
壁の一部は吹き飛び、剥がれた装飾板が無残に垂れ下がっている。
銃痕が無数に走り、撃ち抜かれた配線が垂れ下がってスパークを散らしていた。
ズタボロになったコンテナが隅にまとめて山を作っており、黒く焼け焦げた跡がまだ生々しい。
天井のライトもいくつか割れ落ち、辛うじて生き残った照明がチカチカと不安定に点滅しているせいで、部屋全体が薄暗く、影が揺れていた。
簡単に掃除は済ませたのだろう、床そのものは履かれている。
けれど血痕を拭った跡や、弾丸が跳ねた擦過痕が残っている。
新しい――せいぜい昨夜か、今日未明だな。
「旦那、お疲れさまです!」
「すんません、まだ片付いてなくて!」
慌ただしく動き回る若い連中が、俺に軽く頭を下げながら資材を運んでいく。
声には緊張が混じっている。誰もが“何かあった”と物語っていた。
そのまま奥へ進む。
いつものように、コルドーの部屋へ――
エレベーターを降りると、すぐに違和感を覚えた。
静かすぎる。
普段なら見張りが何人も立っているはずの廊下が、今日は閑散としていた。
代わりに目に入ったのは、包帯を巻いた警備員たち。
腕や首、額にリペアパッチが貼られ、動くたびに小さく電子音が鳴る。
明らかに戦闘の後だ。
ドア前に立つ見知った顔が、俺に気づくとわずかに身じろぎつつ礼をした。駆動系を少しやられたらしい。
左半分の顔は、人工皮膚の下からクロームの輝きが覗いている。
火傷だな。見たところ、再生処理の途中だ。
背後の壁には、一階ほどではないが至近距離からの銃撃痕がいくつか刻まれていた。
――襲撃があったのはほぼ確定。
ただ、不思議なのは外の様子だ。ゲートも、車庫も、内部ほど荒れた様子はなかった。
侵入された? 誰かの手引きか? それとも――
色々と考えがよぎるが、答えはコルドーに聞けばいい。
警備が扉をノックし、俺の到着を伝える。
電子ロックがカチリと音を立て、ドアがゆっくりと開いた。
「どうぞ」
「おう」
中へ足を踏み入れる。
室内は、こちらも荒れていた。
散乱した書類、壊れたボトル。デスクの端には焦げ跡があり、
煙草の煙と消火剤のにおいがまだ漂っている。
そして――奥に立つ男の姿。
「よぉ、すまんな。昨日の今日で呼び出しちまって」
コルドー。
巨躯の影がライトを遮り、部屋の半分を覆っていた。
いつも通りの笑みを浮かべてはいるが、違う。
左足――膝から下が、ない。
簡易の義足が金属音を立てて床に当たった。
まだ仮のパーツらしく、装着部分のコードがむき出しだ。
「……ずいぶん派手にやられたな」
俺の声に、コルドーは肩をすくめて笑う。
「ああ、やられたぜ。気づいたらこのざまだ」
言葉は軽いが、目は笑っていない。
その目の奥――燃えるような怒りが沈んでいた。
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