春峠

鴨鷹カトラ

春峠

深い緑が山を覆う頃。

蝉の声が響き始める頃。


夏。

それは例外なく、日本に訪れる。


だが、この峠は違う。

常に桜が咲き誇る。


人々はこの峠を春峠と呼ぶ。

春峠は外界と隔絶された独自の環境を築く。


そこに住む人の名を、皆は春さんと呼ぶ。


時折町に降りてきては猪や豚の肉を売る。

値切り交渉に応じないことで有名で、「信頼できる」と高評価を得ている。


春さんの生活は規則正しい。


4時に起きる。

そして外に出て川の水で顔を洗う。


5時に走る。

運動は健康に直結すると、彼はいつも私に語っている。


6時に狩りを始める。

手作りの弓と槍を持って外に出る。


8時には右手に兎を持ち、左手に猪を抱えて帰ってくる。

狩りすぎない事が自然と人間の生態系のバランスの維持につながる。そう春さんは語る。


9時には調理を終え、兎肉のシチューを作る。

とても美味だ。隠し味のパセリがいい味を出している。


10時には薪を割り始める。

薪を割り終わると、町で買った本を読む。


6時になった。

夕日が部屋の中に差し込む。とても眩しい。


それはそうと、夜ご飯はまだか?

ただ飯が食えるのも、この身分の特権だな。


そう思った矢先に私の前に小さなお皿に入ったシチューが置かれた。


頭を撫でられながらご飯を食べる。

やっぱこれだよなぁ。

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春峠 鴨鷹カトラ @kt_katora

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