12話 交渉③

「ヤコブ先生、ゴーリキ先生。お久しぶりです」


 長髪を揺らしながら、ヤコブは俺の頭に短銃を突きつけた。銃口が、額にめり込む。俺は、飄々ひょうひょうとした態度で、爽やかに笑みを返す。そんな俺をいぶかしむように、ヤコブは睨んだ。


「目立ちたがりじゃねぇお前が、俺たちに顔晒さらしてまで、ご高説とはきな臭ぇ。何が目的だ?」

「いやいや、ヤコブ先生。人の性格は案外変わるものですよ。俺も、この国の王子としての責任感をようや」


 カチッ


 ヤコブが引き金を引く。


 何の躊躇ためらいもない、無慈悲な動作。


 周囲の幹部陣たちが、息を呑む。


 しかし、その銃口からは、弾丸が放たれることはなかった。ヤコブはニヤリと笑うと、シリンダーを回転させる。


「ちょっと、何を」


 エレナはヤコブに抗議するよう、勇み足で向かっていく。その手には、力強く、短銃が握られていた。


 ヤコブに迫る。


 瞬間。


 

 ドカン


 

 ゴーリキが肉壁となり、エレナにぶつかった。その巨体は、エレナの数倍の重量である。エレナは、邸宅の老朽化した壁まで吹き飛ばされて、そして、吐血した。


 その様子を一瞥もすることなく、ヤコブは俺に妖しく笑いかけた。


「運が良いなあ、リアム」

「どういうことだ?」


 ヤコブは、黒銃を、俺の頭にさらに強く押し当てる。


「この銃は、6連発式のリボルバー。実弾は1発しか込めちゃいない。つまり、お前の命が失われるかどうか、それもすべて運次第だったってわけだ」

「6分の1なんて、ずいぶん良心的なんだな」


 俺の言葉を聞き、ヤコブが大きく笑った。その笑い声は、暗い邸宅に共鳴する。


「もちろん、ちゃんと質問に答えないようなら、もう一発、銃を打ち込む。今度は5分の1になるがな」

 

 しょうがない、命には変えられないな。


 俺は両手をひらひらと上げ、口を開いた。


「俺がお前たちと接触したのは、国王アルフレッドの勅命だから。そして、この顔を晒したのは、王党派がこの機に乗じて、俺の失脚を画策しているからだ。こうすることで、王党派の動きを一つ封じることができる」


 ヤコブは考えるように、顎に手を当てた。その手には、傷跡が無数に刻まれている。


「なるほど。俺たちと交渉したこと自体をなかったことにされないよう、先に手を打ったわけか」

「あぁ、その通りだ」


 少し納得した表情を浮かべたヤコブは、俺に言う。


「だから、この集会に集まったアホ貴族共を証人にした、か。あいつらなら、何も言わなくとも、街中で宣伝してくれるだろう。あいつらの大半は、口先だけで、大した考えも持ち合わせちゃいない。そのくせ、虚栄心だけは人一倍ある。『王族が単身乗り込んできた』、こんなビッグニュース、秘密にできるほど、口は固くねぇ野郎だからな」


 ヤコブは、続けざまに、俺に質問を投げかける。


「だが、目立ちたくないなら、交渉の間に王立図書館を介せば良いだけ。なぜ、そうしなかったんだ?」

「それは、条約締結書が偽造されたり紛失したりしない前提だろ?」


 たしかに、王立図書館の文書は、この国で最も信頼性の高い文書といえるだろう。しかし、言い換えれば、それがひとたび相手の手に渡ってしまうと、全ての効力を失うのだ。


 王党派の長であるユスタキウスは、数々の政争を勝ち抜いてきた人物。安易な方法に飛びつこうものなら、その隙は絶対に逃さない。


 だからこそ、細心の注意を払う必要がある。王立図書館に頼るのは、避けた方がいいだろう。


「おいおい、そこまで用心深いお前が、なんでこんな書類を俺らに渡した? もし流出でもしたら、てめえの命だって危ねぇぞ」


 薄ら笑いを浮かべたヤコブは、俺をからかうようにペラペラと紙を振る。俺は顔色一つ変えず、即座に答えた。


「逆だろ。この書類は、お前らみたいな革命組織に渡しておく方が安全だ?」

「安全? 俺らを舐めてんのか?」


 ヤコブはそう言うと、引き金に指を添えた。次の返答次第では「俺を殺す」、そういう腹づもりらしい。


 だが、ここは引くことができない。


 俺は身体を前のめりにして、銃口を頭にめり込ませた。


「そもそも、お前らはその書類をどこに渡すつもりだ。憲兵、それとも王党派の連中か?」

「あぁん、殺すぞ」


 ヤコブが、冷たく威圧する。俺は、続ける。


「憲兵であっても、王党派であっても、この書類が渡った時点で、お前らを潰す大義名分をあいつらは手に入れちまう。国民感情的にも、『王族反対派の革命組織が、王族と陰謀を巡らしていました』なんてことが露見すれば、王国側に同情的になるだろうな。そうなったら最後、軍部や憲兵は【真理の灯台】という組織の殲滅作戦を実施するはずだ。今、お前たちに、その猛攻に耐えられる力はない、そうだろ?」

「たしかに、それは正しいかもな。が、その論理が成り立つのは、並の人間においてのみ。リアム様は、俺たちを誰だか忘れたのか?」


 ヤコブとゴーリキ。


 アルビオン王国の戦闘民族ガラ族の頭領。奇抜な戦術を駆使し、敵国を幾度となく打ち破ってきたゲリラ戦の天才。


 その功が評され、宰相ロデリックにより、王立学院【戦争学】教授として、招待されたのだ。


 しかし、彼らは赴任後すぐ、自身の生徒と共に、学生運動を開始。王立学院の大講堂をバリケード化し、軍部と戦闘を開始したのだ。結果、王国軍に甚大な被害を与えるも敗北。彼らは憲兵から追われる身となり、逃げ惑う最中、【真理の灯台】へと合流したのだ。


「確かに、お前らは強い。だが、軍部に勝って、何の意味がある? そんな戦争に、意味などないはずだ。もし勝てたとしても、お前たちが敵視する王党派は弱体化するどころか、軍部の失脚によって、さらに増強するだけだ」

「……、よく見えてんじゃねえか」


 ヤコブは銃を下ろす。俺らの目をまっすぐ見ると、彼はふっと笑みをこぼした。


「いいぜ、交渉に乗ってやろう。次の交渉は3日後の夜、場所は追って連絡しよう」

「どうやって?」


 エリアスが言うと、ヤコブは声を荒げて笑う。


「おいおい。そこの剣持った兄ちゃんに、俺の部下、尾行させてただろ? あいつらは気づいてなかったが、元軍人の目はそう易々とは誤魔化せないぜ」


 カインは、目に驚きの色を浮かべる。そして、自身の行動が俺の命までも危険にさらしかねなかったことを察し、悔しげに顔を歪めた。


「すまない」

「いやいや、気にすることはない。あの尾行は素晴らしかった。ぜひ、俺の部下にしたいくらいだ」


 ヤコブは舌なめずりをして、カインを眺める。そして、俺の方に向き直ると、突然、軍人のような面構えになった。


「リアム、お前に元教え子として、1つ大事なことを教えてやる。人間というのは、時として論理的には動かない、そういう生き物だ」


 パン。


 ヤコブは短銃からショットガンに持ち換えると、銃弾を連射した。装填そうてんされていた銃弾が埃被ったシャンデリアを貫く。雪のように、ガラスがみだれ落ちる。


「人を煽るのもいいが、それは、自分が命の危機にない時にしろ。分かったな」


 ヤコブは俺の肩にぽんと手をおくと、ゴーリキと共にこの邸宅の扉を開け、去っていった。エレナも口元の血を拭うと、頭を下げ、彼らの後を追う。


「命を大切にしろ、ねぇ」

 

 潜入操作は終わりを告げ、俺たちも王宮へと戻った。

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