コーヒーと落雷とキャトルシミュレーション
鴎
***
俺はいつものように休日を謳歌していた。
昨日は夜の9時に寝て、起きたら12時だった。すさまじい睡眠時間である。
この連休を楽しみ過ぎたのか。初日に行った小旅行が心地の良い疲労を体に与え、昨晩から今日への爆睡をもたらしたのだろう。
寝起きの心地よさの中、シリアルで昼食を済まし、暖かい秋の日差しが差し込む部屋でゆったり過ごす俺。
悪くない時間だ。これなら明日からの労働にも耐えられるだろう。
豆からひき、ドリップしたブルーマウンテンを口に運びつつ、俺はクラシック音楽に耳を傾けていた。
上質な時間。
なんて贅沢なんだろう。
その時だった。
───ドガァアアアアン!!
激しい閃光と爆音が俺のアパートの前で巻き起こった。
「なんだ!!??」
俺は叫ぶ。
今までゆったり過ごしていたのに急転直下だった。
明らかに尋常ではない何かが表で起きている。
俺は急いでベランダに駆け出し、外の様子を見た。
駐車場から煙が上がっている。
アスファルトは黒く焦げ、大きく割れていた。
どうやら、落雷があったのか。
しかし、
「人!!??」
その駐車場の破壊の中心に居たのは人だった。
それも女性、まだ年若い白い髪の女性。というか、女性は一糸まとわぬ姿だった。はっきり言って全裸だった。
なんで落雷の中心に全裸の女性が居るのか。
俺は訳が分からなかった。
と、
女性がふいにこっちを見た。
目ががっちり合ってしまった。
同時に、
「飛んで....!?」
女性はふわりと飛び上がり、4階にあるこのベランダまでひとっ飛びでやってきたのだった。
「こんにちは」
ベランダの手すりに立つと女性は言った。
全裸の得体の知れない女が俺を見下ろしている。裸体に感激している場合ではなかった。
明らかに異常な状況だ。恐怖がすごい。大体なんで4階までジャンプで来れるんだ。本当に人間なのか。
「な、なんなんだあんたは....!」
俺は叫んだ。どうにか逃げ出せないか思案する。というか、警察...。
「私は外宇宙探索船団所属、同位生体接触端末246号のミールです。あなた方に忌避されることのないよう、同様の外見をしているはずでが、なぜうろたえているのでしょうか。言葉は通じていますか?」
「な、なに言ってるのか分からない。言葉は通じてる。外国人....? じゃないんだよな。というか全裸はどうにかならないのか」
「あなた方風に言うならば宇宙人が地球人と接触するために作ったアンドロイドです。母線からワープで今そこへ降り立ちました。なるほど、衣服は必要なのですね」
「う、宇宙人....!? アンドロイド....?」
女の言葉と同時に女は突然Tシャツにジーパンと言う非常にラフな服装になった。
宇宙人、アンドロイド。急にそんなこと言われても困るが、確かに色々説明のつく話だった。ロボットだと言うならあの跳躍力にも納得がいく。急に服を着たのも不思議ではない。
にわかには信じられないが。しかし、このまま話をして大丈夫なものなのか。
「お、俺をどうしようっていうんだ」
「我々はこの星の代表者と接触したいのです。あなたには案内をしていただきたい」
「この星の代表者? 誰だろう。この国の代表者なら総理大臣だけど」
「そうですか。やはり母船からの観測通り、統一政府がないのですね。では、とりあえず総理大臣のところへ案内していただけないでしょうか」
アンドロイドはそんなことを言う。
しかし、そんなこと出来るわけない。
「む、無理だ。一般人が簡単に会えるもんじゃない。大体ここは山形だ。東京へすぐには行けない」
「なるほど。どうやらあなたはあまり権限を有していないようですね」
「そうだよ、いわゆる一般人だよ」
「なるほど、一般成人男性、独身の34歳日本人ということですか」
「なんか嫌な言い方だな」
「? データと照らし合わせたまでですが」
機械的に女は言う。一般成人男性独身34歳、事実だがなんだか寂しい響きだった。
「今日は『休日』、でしょうか。ですが、なぜ家に一人で?」
「なぜって、なんだって良いだろ。一人の成人男性も居るんだよ」
「地球人は適齢期を迎えるとパートナーを作り、家庭を設け、子を育てるものと母線のデータベースにはあります。どうやらあなたは該当していない。なぜですか?。あなたは適齢期を超えつつあるように見えますが」
「う、うるさいんだよ。そうじゃない人も居るの。最近はそうじゃなくなってきてるの。色んな生き方があるの。多様性なの」
俺はまくしたてるように言った。
そうなのだ。俺はそうやって生きていくのだ。多様性の中を生きていくのだ。スナ○キンみたいな人間になるのだ。何も悲しくはないのだ。マッチングアプリはなにひとつうまくいっていないが別に良いのだ。
「なるほど、どうやらあなたは人類の転換点、その最中に立っているようですね。興味深い。私のマスターもそう言っています」
「マスター? 主人のことか?」
「はい、どうやらマスターはあなたと話がしたいようです。一緒に来ていただきます」
「どういうこと?」
俺が言うが早いか、突然空が光った。いや、俺が光に包まれているのか。そして、俺の体は浮き上がった。
「うわぁあああ!! キャトルシミュレーション!!??」
「恐れることはありません。ただ、話をするだけですから」
「これをどうやったら怖がらずに済むんだよ!!!」
俺の叫びも空しく俺は空に浮かび上がっていく。どれだけ足掻いても無駄だった。
空に何かが見える。白銀の球体。何だか分からないが、おそらくあれが宇宙人の母船。俺はそこへ吸い込まれるように近づいていった。
俺はいつものように休日を謳歌していた。
昨日は夜の9時に寝て、起きたら12時だった。すさまじい睡眠時間である。
この連休を楽しみ過ぎたのか。初日に行った小旅行が心地の良い疲労を体に与え、昨晩から今日への爆睡をもたらしたのだろう。
寝起きの心地よさの中、シリアルで昼食を済まし、暖かい秋の日差しが差し込む部屋でゆったり過ごす俺。
悪くない時間だ。これなら明日からの労働にも耐えられるだろう。
豆からひき、ドリップしたブルーマウンテンを口に運びつつ、俺はクラシック音楽に耳を傾けていた。
上質な時間。
なんて贅沢なんだろう。
「コーヒーが切れかけていますね」
「あ、ああ。そうだったな」
俺は言う。誰にって、他ならない俺の彼女にだ。
白い髪の美しい女性。名前はミールと言う。俺の愛しい女性である。
「はい、おやつができましたよ」
「お、おお。クッキーか。嬉しいな」
ミールはクッキーが山盛りの皿を俺の前に置いた。俺はそこからひとつ取って口に運ぶ。
「うん、美味しいよ」
「はい、それは良かったです」
ミールは笑った。
幸せである。幸せなのだが。なぜだろう。なにか違和感がある。なぜだかミールと居るのがなにかおかしいような。そもそも俺に彼女なんかいなかったような。
「いけませんよ」
そう言いながらミールは俺の目をじっと見た。頭の中が不思議とぐるぐる回ったような気がした。そして、感じた気がした違和感は消えていた。
「あ、ああ。なんなんだろうな。不思議な感じがしたけど、なんともないよ」
「それは良かった」
ミールは嬉しそうに言った。
「第2報告、送信。同位生体社会実験報告」
「ん? どうした? 実験?」
「なんでもありませんよ。ほら、ジャムもあります」
「お、おお、これは良いな」
俺はミールが差し出したジャムをクッキーにつけて頬張った。美味しい。幸せだ。何も疑うことなどない。俺の生活はハッピーだった。
「これからずっと一緒ですよ」
「もちろんだ」
ミールの言葉に俺は返した。
そうだ、こんな生活がずっと続くのだろう。それで良いのだ。
コーヒーと落雷とキャトルシミュレーション 鴎 @kamome008
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