第4話
「…………あれ、私今告白したよね?」
「してた」
「え……私いま振られたの?」
「うん、断った」
『今日のご飯何?』『カレー』くらいの勢いで何事もなく終わってしまった愛の告白。
茜は失速した勢いを吹き返すどころか、増幅させて詰め寄ってきた。
「なんで⁉︎ 幼馴染だし、もう引っ越しちゃうっていう悲しいエピソード聞いておいて断る⁉︎」
だがその勢いに対して私は
「当たり前じゃん。幼馴染なら知ってるでしょ。私は恋愛が大大大っっっ嫌いなの。あんな文化滅びてしまえ」
「どんなことでもって言ったじゃん⁉︎」
「そんな口約束、なんの効力も無いわ。知らん。てかなに? 私のことそういう目で見てたの?」
「うっ……それは……小さい頃からずっと一緒で、だんだんいいなって思ってきて」
「意味不明。私たちは生殖できない」
「別に愛の形に性別なんて——」
「出た。私の嫌いな言葉、愛。愛があれば〜とか、愛って言えばなんでも通るとか思わないでよ。魔法の言葉じゃないんだからね。そんな無根拠の塊」
「むむむ、まりーって本当に頑固、バカ!」
叫びとともにビシィッと指を突きつけてくる。
あ〜あ、言っちゃったよ。議論についていけない人がどうしようもなくなって口にする感情的で短絡的な言葉。この状態で言えば負けましたって言ってるようなもんだろ。
「ふんっ、いいもんね。秒で断られたのは意外だったけど、振られること自体は想定内」
腰に手を当てた茜は「ふっふっふっ」と悪役っぽく笑いカバンに手を突っ込む。
なにを企んでいるのか。どうせ大したことではないだろう。
「怯えろ、
引き抜かれた腕の先にあるものは——。
「ボォイスレコォォォォダァァ〜」
「なっ⁉︎」
某ネコ型ロボットもどきが再生スイッチを押す。
『この町のこともまりーとの楽しい思い出もいっぱい作りたい。そのために協力してくれるかな?』
『もちろん、いいよ』
『ホントに⁉︎ どんなことでも聞いてくれる?』
『オーケー、オーケー。あと三ヶ月だけなんだから』
手に持った小さな機械からは電子音声に変換された私達の会話が流れる。
こいつ、こんなものまで持ち出してきやがって。
「ふふふ、こっちには証拠があるんだぞ。これを然るべきところに出せば、君は言い逃れできないんだよ?」
ぷーくすくすと完全勝利を確信したご様子。余程嬉しいのか『どんなことでも聞いてくれる?』『オーケー、オーケー』の部分をリピートしまくって、ニヤニヤしてる。キモい。
だけどさ……。
「然るべきとこってどこ?」
「え? そりゃあ……あれだよ君。えっと……えーそう! 裁判所!」
「裁判所がこの件を取り扱ってくれるの? こんなくだらないこと。なんて言って掛け込むの?」
「くだらないことって……え? ダメ……なの?」
「……」
やっぱりこいつ、アホだと思う。
「え、だってだって、ボイスレコーダーは証拠を押さえる最強アイテムってヤフー知恵袋が……」
茜にぶんぶんと振り回されるボイスレコーダー。不憫だ。
有益な技術でも、身の丈に余っていてはなにも得られない。それがよく分かる。
「ということで、この話は無かったことで。私でもできる別のこと考えてきな」
「そんな〜」
しゃがみこんで悲しみにくれる茜の頭を木魚の如く叩く。よっぽど応えたらしい。
あぁ良かった。くだらないことに付き合わせられるとこだった。
「ほら、帰るぞ。もう下校時間過ぎてるんだから——」
「貸し借りは常に均衡であるべき」
「…………ゑ?」
「なんか……前にさ、そんなこと言ってたよね?
なん……だと……。
「私にさ、積もりに積もった借り、返さなきゃって思ってるんだよねぇ? くくく」
茜がゆらりと立ち上がる。その口は鋭く尖った三日月を描いている。
確かにそれは語ったし、いつか恩返しするとは思ってたけど……。
「そ、それはそれ! これは——」
「あれぇ? あんなに熱弁奮ってたのに、自分の発言曲げるんだ」
「うっ……」
「果たして……私達はまりーの言う均衡に当てはまっているのかなぁ?」
真冬なのに背中に脂汗がダラダラ浮かんでくる。
「あんた! 前、そんなの気にしなくていいって——」
「そんな口約束、なんの効力も無いわ。でしょ? 知らないなぁ。にはは〜」
私の声を真似て言う。そのセリフはついさっきの私の口から出たセリフだ。
今までのツケがこんなところでっ! さっさと帳消しにしておけばよかったんだ!
上から下から左右から、舐め回すような正真正銘の勝利の眼差しを向けられる。敗北感にギリと歯を鳴らした。
さっきみたいに無かったこととして言葉で一蹴することは簡単だ。だけど前にかなりデカい口で持論の正当性を叫んでいた手前、曲げることに非常に抵抗感がある。
本音はNOサインをずっとだしているし、私だってそうしたい。絶対この先
今の私を悩ませているのは……プライドだ。
自分自身が信奉している考え方。それを否定することは
「でゅふ、でゅふふ」
くっそ……。
己の信じるところを曲げてでも生きたいとは思わない。
なんてたって紫水茉莉花は頭脳明晰で、抜かりが無く、誇り高い天才だ。
私の合理的な説は正しいはず。
そう自負している。
「では改めて……」
だから……。
「まりー。私と……付き合ってください!」
「…………ぁぃ」
私の口から出た蚊の鳴くような返事は茜の
最悪だ。
茜にぎゅーぎゅーに抱き締められながら絶望に打ちひしがれる。
かくして、私はこの世で最も忌み嫌う存在、リア充という肩書きを背負いこんでしまったのだった。
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